2009年7月14日火曜日

kinokuniya shohyo 書評

2009年07月08日

『眼の冒険—デザインの道具箱』松田行正(紀伊國屋書店)

眼の冒険—デザインの道具箱 →bookwebで購入

「『眼の冒険』のブックデザイン賞と次作について」

 (松田行正・グラフィックデザイナー=著者)

 成人になってから授賞式で賞状を受け取るなんてはじめて。賞を頂くということがこんなに気持ちのよいことなんて知らなかった、というのが偽りのない感想だ。賞状を頂くために自分の順番が回ってくるまで待たなければならないという苦痛もまたよし、である。

 少し大口を敲くと、現在のような仕事ぶりを続けている限りいずれなんらかの賞の対象になるかもしれないとはなんとなく思っていたが、あまたある本 の中から一冊か二冊選ばれることも奇跡としか思えなかった。そして、日々の仕事に追われ、誰しも同じかと思うが、受賞という考えは念頭から去っていた。た ぶん、そこが賞というもののよさだろう。突然やってくる。

 また受賞作がカッコいい。なんと自著である。今回の賞の歴史の中で、著者自装本の受賞はおそらく初だろう。自著ということで思い入れもひときわ強 い。なにしろ、隔月誌『デザインの現場』で七年間、苦闘して連載したものを纏めた本だからだ。連載のときもスペースの制約くらいで、大変なりに、自由に楽 しんで執筆したが、幸運にも、単行本化にあたっても自由度が高く、著者であるとともに、デザイナーの二役という二倍の楽しみが許された本だった。そして、 デザイナー兼著者なので、読みながらレイアウトし、レイアウトしながら読んだ。

 いちばん大変だったのは参考文献のチェックである。連載の初期の頃は参考文献を入れていなかったが、途中から明記するようになり、なんでも徹底し たくなる質なので、本にするときにはすべての項目に参考文献をつけたくなった。もう一度思考の後をたどるのは至難とわかり、明らかに後半の連載と比べて前 半は詳細さが足りなかった。本にするときは連載順ではないので、実際には明白にわかるものとはならなかったが。

 また、一番気になったことは売れ行き、担当編集者の方が言いたいこと(言うべきこと?)はちゃんと言うタイプだったので、もし、初版で売れ行きが あまり伸びなかったときは悲惨だな、と思っていた。そんなとき朝日新聞の読書欄に鷲田清一さんによる書評が載り、重版が決まった。『眼の冒険』はデザイン 誌などからも取材を受けたり、ありがたくもいろいろと活躍してくれたが、この鷲田さんの書評と講談社のブックデザイン賞受賞の二つが活躍の頂点である。こ の重版決定により肩の荷が下りた。

 こうしたさまざまなことで気をよくして、担当編集者の方に今考えている次の本の話をし、企画が通った。その本とは『はじまりの物語(仮題)』である。

 「はじまり」といっても、いわゆる発明・発見物語ではない。各項目を列記してみても、わかるのと説明のいるものがある。抽象、螺旋、グリッド、速 度、ライン、混合、封入、可読、シンプル、四角形、対(twin)、メリハリ、デフォルメ、レディメイド、反転、オブジェ、置換、奥行きなどだが、試しに 「反転」を取り上げてみる。

 「反転」とは、今まで悪いイメージだったことがあることをきっかけによいイメージに「反転」するようなことのはじまりについて語っている。

 たとえば、ヨーロッパでのストライプ模様の立場について。ストライプは模様として目立つ。もともと砂漠民であるイスラム教徒は、視認性のよいことこそ砂漠で生死を分かつ重要な要因なので、目立つ模様としてストライプを常用していた。

 それが、砂漠地帯に住んでいたカトリック信者がストライプ模様の服を着てパリに流れてきた。十字軍の後ということもあり、ストライプ模様はカト リック教会によって異教徒の模様と断定され、一般の着用は禁止された。そして、社会の底辺にいる、娼婦や旅芸人、死刑執行人などに全身ストライプになるこ とを強制した。ナチスがユダヤ人に黄色の腕章をつけさせたのと全く同じで、最低の職業だとすぐわかるようにしたのだった。

 ところが、布の供給が増えて、室内装飾にも布を使うようになり、ストライプ模様のカーテンが現れた。そこで今度は、部屋にいても目立たないように召し使いにストライプの服を着させた。なんとも勝手である。

 それが、アメリカが独立の際にイギリスにおもねって国旗に赤白のストライプを採用したが、後にイギリスに反抗したので、ストライプは逆に反体制の印となってしまい、フランス革命でも熱狂的にストライプを使った。

 こうして、ストライプは政治的な記号となり、ストライプである三色旗をみだりに使うと処刑される、恐怖政治のシンボルとなって大衆から恐れられ た。そうこうするうちに、水夫が青白の横ストライプのシャツを着るようになって清潔のイメージとなり、今やおしゃれな模様となっている。

 同じようなことが明治の「ザンギリ頭」にも起きているが、詳細は刊行したときに読んでください。

*「scripta」第1号(2006年9月)より転載


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