2009年7月24日金曜日

asahi shohyo 書評

つながる脳 [著]藤井直敬

[掲載]2009年7月19日

  • [評者]広井良典(千葉大学教授・公共政策)

■他者との関係性が幸せをもたらす

  本書は「社会脳(ソーシャル・ブレイン)」、つまり人間のように他者との「関係性」が決定的な意味をもつ存在を、脳研究を通じて明らかにする探究について の印象深い書物だ。「『つながる』という言葉が、これからの脳科学のキーワードになるのではないかと確信した」という著者の表現がそうした関心を集約して いる。

 本書によれば、今世紀に入った頃から脳科学、特に記憶や意思決定などの認知機能にかかわる脳科学の進歩がスローダウンし、脳科 学研究者の間に一種の閉塞(へいそく)感が広がりつつあったという。その一つの背景は、脳は社会や環境とのつながりの中で働いているにもかかわらず、それ を切り離してとらえてきた研究の基本的なパラダイムにあった。

 著者は「社会性」という点に着目した脳研究の展開こそが、そうした閉塞状況を打破する突破口になると考え、様々な新たなアプ ローチを模索していく。複数のサルを使った実験、仮想空間システムの利用と人間の身体性への注目、ブレイン—マシン・インターフェイス(脳内の情報を把握 し機械につなげる技術)など興味深い展開が描かれる。

 その上で、「関係性欲求」を持つことが人間の本質であり、他者からの評価や肯定が私たちを動かす原動力で、そうした「リスペクトが循環する社会」こそが幸せをもたらすという、大きな展望が語られる。

 振り返れば、17世紀以降の近代科学の展開が「生命」そしていよいよ「人間」に及ぶ中で、それは社会性や他個体との関係性とい うことを視野に入れざるを得なくなり、そこに自然科学と人文・社会科学の新鮮なクロスオーバーが生じつつある。私自身の関心に引き寄せれば、「ケア」や 「コミュニティー」といったコンセプトがその結節点になっていくと思われる。

 同時に、現代科学が到達しつつある世界観やメッセージそのものは、実は古くからの"常識"ないし"良識"に回帰している面がある。「科学」のあり方という点を含め、多くの示唆に富むエキサイティングな本だ。

    ◇

 ふじい・なおたか 65年生まれ。理化学研究所勤務。『予想脳』など。

表紙画像

つながる脳

著者:藤井 直敬

出版社:エヌティティ出版   価格:¥ 2,310

0 件のコメント: