2009年7月28日火曜日

asahi shohyo 書評

京都の空間意匠—12のキーワードで体感する [著]清水泰博

[掲載]週刊朝日2009年7月10日号

  • [評者]海野弘

■京風のキーワードで歴史的空間を学ぶ

 美術やデザインを学ぶ学生たちが京都や奈良に研究旅行する。その時、先生が見方をレクチャーしてくれる。そのような楽しい気分がこの本にあふれている。

 観光だけでなく、ちょっと研究的であることが魅力だ。つまり読者に学生だった頃を思い出させてくれるのだ。

 私にとってもなつかしい。「SD」という建築雑誌を愛読し、神社や古都のフィールドワークに興味を持った。そのころは〈デザイ ン・サーヴェイ〉ということばが新鮮であった。これはまさに京都の〈デザイン・サーヴェイ〉なのだ。そしてキーワードは〈空間〉である。「SD」はスペー ス・デザインの略である。私も〈空間〉の語が好きで、日本の空間史を書きたいと思ったことがある。

 美術・デザインの学生に空間的な見方を教える〈デザイン・サーヴェイ〉は、その後、あまり目立たなくなったようだ。おそらくバブルの時代の中で、人々は今の繁栄に目を奪われ、歴史を歩くといった地味な作業を忘れていったのである。

 しかし、〈デザイン・サーヴェイ〉はなくなったわけではなく、和辻哲郎の『古寺巡礼』以来、ずっと受け継がれてきたようだ。こ こでは、「分けて繋ぐ」「見立てる」「巡る」などのキーワードによって京都の空間がたどられていく。きらきらした現代のデザイン情報言語ではなく、京風の やわらかいことばが選ばれている。それによって、美術・デザインへの教育が一般の人に開かれてゆく。

 これを読むと、私自身の京都体験が甦ってくる。編集者だった頃、京都の古い宿に泊まりこんで古美術の本をつくっていた。長い通り庭のある京の町屋の「透ける」空間を思いだしたりした。

 著者はあとがきで、日本の古い空間に導いてくれた、今は亡き恩師に感謝を捧げている。その空間の知は、古くて新しいものであり、ずっと伝えられてきたのだ。私たちもひととき美術学生となって、歴史的な空間を学んでいこうではないか。

表紙画像

京都の空間意匠 (光文社新書)

著者:清水泰博

出版社:光文社   価格:¥ 861

表紙画像

古寺巡礼 (岩波文庫)

著者:和辻 哲郎

出版社:岩波書店   価格:¥ 798

0 件のコメント: