野蛮から秩序へ—インディアス問題とサラマンカ学派 [著]松森奈津子
[掲載]2009年7月26日
- [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)
■植民地と「もう一つの国家論」
主権国家というものについては、さまざまな批判が従来加えられてきた。それは、支配領域の外に対して働きかけるとき、自国の利害しか念頭におかない。その 利害の内容も、政府当局者の判断に左右されてしまう。トマス・ホッブズに代表される、近代主権国家の理論の主流がはらんでいた難点である。
しかし、西欧中世の神学と教会による支配から、主権の理論が生まれる過程からは、これと別の「もう一つの国家論」がわかれ出ていた。それが、この本の扱う、十六世紀前半のスペインで展開された諸議論である。
そこでは、国家の統治者もまた、人類普遍の規範に従うものとされ、異文化地域に対しどのようにかかわるかといった、現代風の課題も、いち早く論じられていた。その一つの頂点が、植民地支配の現状をきびしく批判した、修道士ラス・カサスの思想にほかならない。
重要でありながら、日本ではきちんと扱われなかった思想潮流についての、本格的な研究書である。単純な近代西欧批判の言説が見落としてしまう、政治思想史の多様性と、その豊かな果実を、改めて教えてくれる。
- 野蛮から秩序へ -インディアス問題とサラマンカ学派-
著者:松森 奈津子
出版社:名古屋大学出版会 価格:¥ 5,250
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