2009年7月7日火曜日

asahi shohyo 書評

ミラーニューロンの発見 [著]マルコ・イアコボーニ/ミラーニューロン [著]ジャコモ・リゾラッティ、コラド・シニガリア

[掲載]2009年7月5日

  • [評者]尾関章(本社論説副主幹)

■他者と世界を共有するための鏡

  映画館を出るとき、ヒュー・グラントやジュリア・ロバーツになりきった自分に気づくことはないだろうか。「スクリーン上で映画スターがキスしているのを見 たならば? そのとき私たちの脳内で発火している細胞のいくつかは、自分が恋人とキスするときに発火する細胞と同じものなのである」(『ミラーニューロン の発見』)

 ミラーニューロン——鏡の神経細胞のおもしろさを語る本の邦訳がほぼ同着で出た。

 90年代初めにその発見を導いた神経生理学者リゾラッティ氏が哲学者とともに著した『ミラーニューロン』は、やや専門的なタッチで研究の核心を突く。

 それによると、人は他人のしぐさを目にすると、脳内で自分がそのしぐさをするのに必要なしくみが働いて、他人の「『運動事象』の意味が解読できる」。まるで鏡のようではないか。その主役がミラー細胞らしい。

 一方、『——の発見』の著者イアコボーニ氏は、神経科学者だが、大胆にメルロポンティ流の現象学に踏み込む。

 自らの内的体験に重きを置く現象学にとって、自分と他人が世界をどう共有するか、という「間主観性(かんしゅかんせい)」の問題は大きな関心事だ。著者は、ミラー細胞こそ「間主観性の原初的、本来的なかたちの表れ」とみる。

 あなたと私が、向き合って互いのしぐさをまねたとしよう。「私の右手はあなたの左手と同じ空間領域にある」ことになり、私たちは「同じ空間を『共有』」するのだという。

 ミラー細胞の働きの原点は赤ちゃんと親の笑みのやりとり、という仮説も納得がいく。

 磁気などを駆使して脳を探る実験には抵抗感もあろう。研究をすぐに広告戦略と結びつける姿勢も論議を呼びそうだ。

 だが、イタリア出身で米国に住むイアコボーニ氏が、西洋人は個人主義を重んじる文化のもとで「人間の脳の本質が根本的に間主観的であることを気づかぬままに来てしまった」と省みる言葉は印象深い。

 科学の目で文化を問い返す時代が到来したのである。

    ◇

 塩原通緒訳/Marco Iacoboni▽柴田裕之訳/Giacomo Rizzolatti, Corrado Sinigaglia

表紙画像

ミラーニューロン

著者:ジャコモ ・リゾラッティ・コラド・シニガリア

出版社:紀伊國屋書店   価格:¥ 2,415

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