2009年7月24日金曜日

asahi shohyo 書評

ビジュアル版 地図の歴史 [著]ヴィンセント・ヴァーガ、アメリカ議会図書館

[掲載]2009年7月19日

  • [評者]高村薫(作家)

■人類の欲望と文化の記憶を語る

  三千五百年前、粘土版に直線と楔形(くさびがた)文字を刻んで自分たちの田畑を記したメソポタミアの地図から、二○○一年に完成したヒトゲノム図まで。人 類が記し続けてきたさまざまな地図の歴史は、そのまま世界の文明史であるが、一義的には、人類がまさしく地球の輪郭を発見してきた歴史だと言ってよいと思 う。

 地図は古来、人間が暮らしている空間を視覚化し、組織化して捉(とら)える行為だった。たとえば古代エジプトではすでに三角測 量が行われ、所有地の実用的な区分が記される一方、現世と冥界と神々が一続きであるゆえに石棺には冥界への案内図も記された。また、地中海を中心にヨー ロッパとアジアへ地理的な眼差(まなざ)しが広がった古代ギリシャの都市国家では、地図は、世界と人間の関係を表す人文科学の文化遺産そのものだった。

 ローマ時代には、帝国の領土拡大と船乗りたちの経験によって、地球の輪郭はさらに広がってゆき、プトレマイオスは経緯線網の原 型を用いて、世界地図を描いてみせた。その世界像は、やがて中世のキリスト教世界によって否定されるが、羅針盤が普及した十三世紀には、丸い地球を航海す るための方位線を記した海図が描かれ始め、世界は大西洋を手にしてゆく。

 マルコ・ポーロの東方への壮大な旅がヨーロッパの好奇心をかき立てたのも同時代であり、インド航路を探す過程でポルトガルに発見されたサハラ以南のアフリカ大陸が、初めて世界地図に記されたのも然(しか)り。新大陸の発見ももうすぐである。

 人類が地球を発見してゆく歴史は、交易と領土拡大の野望の歴史であり、諸民族固有の地図をヨーロッパの基準で書き換えてゆく歴 史でもあったが、実際に地図を製作したのは未開の地を歩いた探検家と、未知の海を航海した船乗りだった。そうしてプトレマイオス以来、南の果てとして想像 されてきた南極大陸も、やがて十八世紀のクック船長に目撃されるのである。

 地図という人類の物語を語る本書には、ヨーロッパから見た人類の欲望と文化の記憶が、ぎっしり詰め込まれている。

    ◇

 川成洋ほか訳/Vincent Virga 42年生まれ。米国のピクチャーエディター、作家。

表紙画像

ビジュアル版 地図の歴史

著者:ヴィンセント ヴァーガ・アメリカ議会図書館・米国議会図書館=・LC=

出版社:東洋書林   価格:¥ 7,875

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