2009年7月24日金曜日

asahi shohyo 書評

加藤周一 戦後を語る—加藤周一講演集・別巻 [著]加藤周一

[掲載]2009年7月19日

  • [評者]天児慧(早稲田大学教授・現代アジア論)

■迎合しないリベラルな思想を凝縮

  多くの思想家には、その思想の特徴を形成する「原風景」がある。著者の場合は1941年12月と1945年8月であった。真珠湾攻撃を知ったとき、彼は 「これでおわりだ。みんな滅びていくだろう」と思った、そして8月15日を迎え、「ああ生きられる」という解放感があったと語っている。

 当時の普通の人々の受け止め方は逆ではなかったか。真珠湾攻撃の大勝利は人を歓喜させ、「玉音放送」に人は日本の将来に絶望し た。しかも戦後は一夜にして劇的に変わってしまった。軍国主義は悪でこれからは平和国家、文化国家になろうとの声が高まる。しかし著者は迎合的な時代の流 れを懐疑し、自分の目や耳で確かめ、自分の頭で分析し判断しようとする。

 本書のテーマは「戦争」である。20世紀を戦争の歴史ととらえ第1次大戦、第2次大戦と冷戦の終焉(しゅうえん)の三つを節目 に分ける。各時代の戦争を分析しながらも、主体としての権力、大勢順応主義、電撃作戦となしくずし拡大、「平和・自衛の戦争」という正当化の文化などに、 戦争全体に通ずる不変的な性格を見る。また冷戦崩壊は「資本主義の勝利、社会主義の敗北」ではなく、西側が市場主義原理と公的介入原理を巧みに使い分けて 勝利したと指摘する。それ故にその後急速に広がった新自由主義、市場原理至上主義も早くから批判し続けていた。

 また総保守化していく90年代の状況に警鐘を鳴らし、少数派になる勇気を持てと主張する。日本の将来には、ゆるやかに軍拡に向 かう道、強い軍事大国への道、そして軍事大国を放棄し民主主義を維持し前進させる道の三つがある。第3の道は戦争放棄の道で日本国憲法、とくに前文や第9 条の方向である。これを主張できることこそ日本人としての誇りであり、日本の文化的なアイデンティティーであると公言する。

 時代に迎合せず冷徹でバランス感覚を持ち、同時に平和主義の信念をもった数少ない戦中・戦後派のリベラルな評論家であった。講演録を集めた本書には彼の思想が凝縮されている。

    ◇

 かとう・しゅういち 1919〜2008。評論家。『日本文学史序説』など。

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加藤周一戦後を語る (加藤周一講演集)

著者:加藤 周一

出版社:かもがわ出版   価格:¥ 3,360

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日本文学史序説〈上〉 (ちくま学芸文庫)

著者:加藤 周一

出版社:筑摩書房   価格:¥ 1,470

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日本文学史序説〈下〉 (ちくま学芸文庫)

著者:加藤 周一

出版社:筑摩書房   価格:¥ 1,470

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