2009年7月24日金曜日

asahi shohyo 書評

イスラムの怒り [著]内藤正典

[掲載]2009年7月19日

  • [評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)

■欧米の過ち 日本は他山の石に

 01年の9・11事件以来、西洋とイスラム世界の衝突が続いている。なぜ衝突するのかについて、本書は、ムスリム(イスラム教徒)にとって許せないことが何か、どのような時に彼らが怒るのかという点から、解き明かしている。

 著者は長年、シリアやトルコなどの中東を研究し、さらに西欧におけるイスラム圏からの移民を徹底して調査してきた。文化摩擦について現場を知悉(ちしつ)しており、その立場から近年は、共生をめざして相互理解を推進するよう、積極的に発言を続けている。

 国際社会あるいは自国の中で、欧米諸国がムスリムが怒るような挑発を続ければ、過激派を利することになる。怒りがたまれば、暴走する若者も出てくる。その怒りの源泉は、主として三つであるという。

 まず、弱いものいじめ。特にイラクやパレスチナといった戦場で、女性、子ども、高齢者が殺害されることが問題となる。民間人の犠牲でも、成人男性の場合はまだ許容される、という指摘は興味深い。その代わり、子どもの犠牲には非常に敏感な反応が生じる。

 次に、聖典や預言者ムハンマドを侮辱、嘲笑(ちょうしょう)すると怒りを招く。これは、どの宗教についてもあてはまることだろう。三番目に、イスラムの価値観や生活習慣を「遅れている」と侮辱することが、摩擦を生むという。

 欧米では、いまだに非西洋的な文化を遅れたものとみなす傾向があるが、イスラム系移民が多い諸国では、むしろイスラムへの偏見 や差別が強まっているという。著者は、その根源に近代的な啓蒙(けいもう)主義のいきすぎを見る。宗教を信じる人びとを「無知蒙昧(もうまい)」「後進 的」とさげすむ態度が、イスラムへの侮蔑(ぶべつ)を正当化し、それがムスリムの怒りを呼ぶというのである。

 もし、そうであるならば、多元的な宗教性の土壌を持つ日本の場合、欧米の過ちの轍(てつ)を踏まないことも可能であろう。西洋とイスラムの摩擦の実態は深刻であるが、それを他山の石とすることもできると、本書は説いている。

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 ないとう・まさのり 56年生まれ。一橋大学大学院教授。『イスラーム戦争の時代』など。

表紙画像

イスラムの怒り (集英社新書 493A)

著者:内藤 正典

出版社:集英社   価格:¥ 735

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