2009年7月14日火曜日

asahi shohyo 書評

大学の反省 [著]猪木武徳

[掲載]2009年7月12日

  • [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■「言葉の闘争」勝ち抜ける人材を

 「入るに難しく、出るに易しい」、あるいは「利口者を四年間でバカにする」とまで揶揄(やゆ)された日本の大学。その改善策を考えることは、「大学の内外を問わず、日本にとって重大な課題となった」。

 大きな危機感をもって執筆された書である。しかし本書は狭い意味での大学改革論であるばかりでなく、教養論や知識人論としても読み応えがある。

 興味深い指摘が多い。日本では、学部あるいは教授会自治が学問の自由と理解されることが多いが、著者は政府も教員人事に関与す るフランスの例を引きながら、学問の自由を侵す危険性は、国家権力だけではなく、大学の内部構造、特にその閉鎖性の中にも潜んでいると指摘する。まことに その通りである。

 今日(こんにち)、研究と教育の両立は大学教員にとって難問となっている。著者は、大学院を併置して研究者養成を目指す大学は学部学生の数を減らした上、リベラルアーツを徹底して教えるべきであると提案する。

 本書の主たる主張の一つは、総合のための教養教育をもっと重視することである。それは、真理らしさ、想像力、歴史意識を尊重す る教育を意味する。著者が「真理らしさ」という表現を使うのは、厳密な真理と区別するためである。学問において、厳密さ、真理そのものを追究すると、統計 学など数学で論ずることが出来ない重要テーマを無視することになる。

 教養の危機に対応できる場所は大学しかなく、本著によれば、ここに大学の忘れられた重要な使命がある。

 むろん、本書は専門家の必要性を否定しているわけではない。ただ、著者が必要と考えているのは、幅広い専門性を身につけた専門家の養成である。それは国際的な論戦の場で日本の立場を適切に説明しうる知的なリーダー、国際的な「言葉の闘争」を勝ち抜ける人材である。

 初等中等教育の教科書の薄さについての懸念、あるいは良質な私立大学への政府助成といった提案も傾聴に値する。大学について論じる際には、最初に読まれるべき本である。

    ◇

いのき・たけのり 45年生まれ。国際日本文化研究センター所長。『戦後世界経済史』。

表紙画像

大学の反省 (日本の〈現代〉11)

著者:猪木 武徳

出版社:エヌティティ出版   価格:¥ 2,415

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