2009年7月3日金曜日

asahi shohyo 書評

マイノリティの名前はどのように扱われているのか [著]リリアン・テルミ・ハタノ

[掲載]2009年6月28日

  • [評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)

■間違った名で呼ばれるつらさ

 誰にとっても自分の名前は大事である。特に子どものアイデンティティー形成には、大きな役割を果たす。それなのに、毎日学校で間違った名前で呼ばれ続けたら、どんなに辛(つら)いであろうか。

 どうやら、そのような現実が、新たに日本に移り住んだ子弟たちにふりかかっているらしい。本書では、その実態が日系ブラジル人、ペルー人の事例から明らかにされている。

 就学する児童が教育委員会の名簿に記載される際に、ブラジル人の姓名は複雑で長すぎるとして、恣意(しい)的に改変されてしまう。日本風の通称が優先される。ポルトガル語の名はローマ字風に間違って読まれる。その結果、本当の名前とかけ離れた呼び名が広く使われている。

 こうしたことにもっと心を配るべきではないか、と日系ブラジル人研究者の著者はいう。たとえば、名簿の名前欄を大きくしてフル ネームを書けるようにするとか、自治体の現場担当者用に名前に関するマニュアルを作るだけで、現状は劇的に改善しうる。国際化と多文化状況に直面する日本 にとって、大事な論点の一つであろう。

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