2009年7月3日金曜日

asahi shohyo 書評

リスクにあなたは騙される—「恐怖」を操る論理 [著]ダン・ガードナー

[掲載]2009年6月28日

  • [評者]瀬名秀明(作家)

■バイアスにはまり込む心理を分析

  9・11テロで3千人近い人が亡くなった。これは戦争だと当時の大統領は説き、メディアも一般人もさらなるテロ攻撃に怯(おび)えた。数日後に旅客機が運 航再開したとき、ほとんどはがら空きだった。人々は飛行機を危険だと恐れ、車での移動に切り替えたのだ。しかし飛行機は車より安全である。テロ発生後の1 年間で、飛行機からの直接の切り替えが原因で車の衝突事故を起こし亡くなった米国人は1595人。9・11のフライト総搭乗員数の6倍であったという。

 カナダのジャーナリストが放った本書は「リスクセンスが大事」といったスローガンから一歩も二歩も踏み出して迫力ある論を展開 する快著だ。著者は近年の行動経済学の成果に敬意を払いつつ、我々のリスク理解の心理を「頭」と「腹」の両面から分析する。理性に基づき客観的に情報と向 き合う「頭」だけでリスクが判断できれば苦労はしない。人は主観的な「腹」の感情に振り回される。マスコミはその心理を知り抜いているため、がんに関する 記事では小児がんの子の写真を大きく用いて感情に訴える。たとえそれが極めて稀(まれ)ながんであっても。

 バイアスにはまり込む心理を説き起こす半ばの展開も見事だが、圧巻はテロの恐怖を扱う終盤だ。著者はオウム真理教に言及する。 オウムは大量虐殺への強い願望を持ち、資金も人材も時間もふんだんに持ちながら、しかし大量殺人に失敗した、それでもテロは大量殺人を起こしうると考えら れている、と主張する。多くの日本人はこの論に反発を覚えるだろう。報道を通して亡くなった方々のことを身近に感じてきたからだ。しかし著者は返す刀で 9・11時の米国の矛盾を斬(き)ってゆく。ここに至り初めて我々は己を相対化し、リスク理解のバイアスに自分も囚(とら)われていたことに気づき愕然 (がくぜん)とするのだ。

 著者の腹の底から迸(ほとばし)る終盤の文章は我々の「頭」と「腹」を強く揺さぶる。新型インフルエンザに右往左往した我々は本書を読み一度深く考える必要がある。著者が最後に提示する道筋は力強く有益だ。

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 田淵健太訳/Dan Gardner カナダの「オタワ・シチズン」紙のコラムニスト。

表紙画像

リスクにあなたは騙される—「恐怖」を操る論理

著者:ダン・ガードナー・Dan Gardner

出版社:早川書房   価格:¥ 1,890

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