丸谷才一『思考のレッスン』 山崎努(上)
[掲載]2009年2月1日
■「知ったこっちゃない」 熱烈な愛裏返す魅力
丸谷才一はいつも悠然としている。どんと腰が据わっている。その開き直っているようなところがちょっと不良っぽい。優れた作家に無頼な面があるのは当然だ が、この人の場合は特別なタイプだと僕には思える。用心深く持って回った前置きをせず、いきなりずかずかと歩を進める。おれがこう書いているんだ、文句あ るか、とすっきりしている。この丸谷の特性がどこからくるのかがこの本を読むとわかる。
「回想録、自伝、伝記、インタビュー、これはその人のものの考え方がはっきりと出ることがあって、とても参考になります」との 一節がある。そう言いながら丸谷本人はこれまで断固自分については語らない人だった。ところが驚いたことに本書では自分の「ものの考え方」や創作の秘密を かなり正直に開陳しているのである。「(インタビューは)ちょっとした言葉の中に深い内容が込められていて、とても刺激的なんですね」と説きつつ自らの楽 屋裏を披露する(『思考のレッスン』はインタビュー形式の本)。まさに「正しい丸谷才一の作り方」といった趣。
アマチュアリズムを大事にしているのだと言う。シャーロック・ホームズはたいへんな名探偵であるが、それによって食べているの ではない、趣味として探偵をしているに過ぎない。職業的文学者もアマチュアであることを心がけなければいけない。知的な人間が素人芸として文学をやり、た またまそれで収入を得ているのだと考えることが肝要。そして、アマチュアは、プロフェッショナルたちの申し合わせを重んじる必要はない、とある。丸谷の斬 新な発想も、アマチュアリズムから生まれてくるのだろう。文学への熱烈な愛のすぐ裏側に、「文学なんか知ったこっちゃない」「夢中になるやつはバカだよ」 と文学を否定する態度を持つ人が魅力的とも言う。僕は「文学」を「演技」に置きかえてこれを読む。みな箴言(しんげん)。(俳優)
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初出は98〜99年の「本の話」(文芸春秋刊)。現在は文春文庫で読める。
- 思考のレッスン (文春文庫)
著者:丸谷 才一
出版社:文藝春秋 価格:¥ 500
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