2008年6月27日金曜日

asahi shohyo 書評

K・A・ウィットフォーゲルの東洋的社会論 [著]石井知章

[掲載]2008年6月22日

  • [評者]柄谷行人(評論家)

■「アジア的」なものの復古を詳細に分析

  中国や北朝鮮の現状を見るとき、清朝や李朝に似ていると思う人が多いだろう。しかし、マルクス主義者による革命から、なぜそんなものが生まれてきたのだろ うか。それはマルクスのせい、では毛頭ない。マルクスは「アジア的生産様式」について考えていた。それは専制的な国家体制と、それに隷属する農業共同体を 意味する。このようなマルクスの考えに忠実であったプレハーノフは、ロシアのようなところで、権力奪取と土地の国有化を強行すれば、「アジア的」な専制国 家に帰着してしまうほかない、と批判した。しかし、レーニン・トロツキーからスターリンにいたるまで、マルクス主義者はそのような意見を斥(しりぞ)け、 あげくに、「アジア的」という概念そのものを廃棄してしまった。しかし、彼らの社会体制はまさに「アジア的」な形態に陥ったのである。

 その中で、もともと中国学者であったウィットフォーゲルは、「アジア的生産様式」という概念を保持し、それをいっそう広く深く 考察した。そして、大規模灌漑(かんがい)にもとづく古代国家体制を、「水力社会」と名づけた。そのような人が、ロシア・マルクス主義者によって「反共」 思想家として葬られたのは当然である。しかし、彼はなぜか一般に敬遠されてきた。マルクス主義の権威が崩壊したのちも、まともに評価する人は少なかった。 日本でも、湯浅赳男がいただけである。

 ウィットフォーゲルは晩年も厖大(ぼうだい)な著作を残したが、すべて未出版にとどまった。本書で、著者は、未公開の文献を渉 猟し、その上で、彼の理論をより一貫した説得的なものにしている。さらに、中国と北朝鮮において、「アジア的」なものがどのように復古してきたかを詳細に 分析している。これはかつて類のない考察である。また、文化革命後の中国で、ウィットフォーゲルが翻訳され注目を浴びたが、天安門事件以後禁圧され、最近 また少しずつ見直しが起こっている、といった経緯が興味深い。"ウィットフォーゲル"は中国という社会の現状を示す指標となっている。

    ◇

いしい・ともあき 60年生まれ。明治大准教授(アジア経済研究)。

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K・A・ウィットフォーゲルの東洋的社会論

著者:石井 知章

出版社:社会評論社   価格:¥ 2,940

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