2008年6月27日金曜日

asahi shohyo 書評

日本版スローシティ [著]久繁哲之介

[掲載]2008年6月22日

  • [評者]広井良典(千葉大学教授・公共政策)

■人と人がつながる都市の構築を探る

  日本を訪れた外国人に対するアンケートで、「日本に来て不便に感じたこと」の1位が「街にベンチが少ないこと」だったのを以前見たことがある。確かに日本 の都市、特に大都市は、いかにも"生産者中心"にできていて「ファスト」そのものだ。加えて個々の建物が、周囲の環境を顧慮することなくばらばらに作られ 互いに"孤立"している点を合わせると、日本の都市は「ファスト&クローズド(速く、かつ閉じている)」と言わざるをえない。

 こうした現在の日本の都市のあり方とは異なる"もう一つの道"を、「スローシティ」という概念を基本にすえて追求しているのが 本書である。スローシティとは、イタリアの四つの小都市が「スローフードの精神をまちづくりに適用しよう」という理念のもと、1999年に始めた都市の姿 だ。著者は、こうしたスローシティの考え方を、人々のライフスタイルや消費構造などを含めた視点から吟味し、また「サードプレイス」(自宅と職場以外の、 都市の中での居場所)の概念を併せて重視しながら、日本におけるスローシティ実現の可能性を様々な事例の分析を通じて議論している。

 たとえば、(1)中心市街地再生に関するコンパクトシティ論で有名な富山市と青森市を対比的に分析したり、(2)いくつかの地 方都市における経済の地域内循環を検証し地域再生のための戦略を吟味したりするなど、「スロー」のための方策と同時に地域経済の活性化などを総合的に検討 している点が興味深い。そして著者の議論は「コミュニティ」に収斂(しゅうれん)し、「開放型コミュニティ」の構築こそがスローシティ実現のための必須条 件であるとのメッセージに至る。

 持続可能な都市、創造都市など都市論は新たな賑(にぎ)わいを見せているが、スローシティは高齢者なども過ごしやすい"福祉都 市"ともいえる。日本において重要なのは、スローという方向とならび、挨拶(あいさつ)などを含めた人と人との「関係性」の再構築にあるだろう。それが著 者のいう「開放型コミュニティ」と重なっているように思われる。

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ひさしげ・てつのすけ 民間都市開発推進機構都市研究センター研究員。

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