2008年6月18日水曜日

asahi shohyo 書評

嘘発見器よ永遠なれ—「正義の機械」に取り憑かれた人々 [著]ケン・オールダー

[掲載]2008年6月15日

  • [評者]尾関章(本社論説委員)

■人の心をのぞき、歴史まで変えた機械

 朝晩の血圧を自分で測るようになってわかったことがある。会社のことが頭をよぎると、きまって高くなる。

 体は正直だ。そこに目をつけたのが、俗にいう「嘘(うそ)発見器」(ポリグラフ)である。

 米国では、被疑者でない人々まで血圧や脈拍などで心を探られてきた。この機械に振り回された大国の裏面史が、この本から見えてくる。

 ことの始まりは1920年代初め、カリフォルニアの大学町の女子学生寮であった盗難事件だ。宝飾品などが盗まれ、寮生に嫌疑がかかる。理系の博士号をもつ警察官ラーソンが血圧を連続測定する手製の機械で寮生の一人を追い詰め、自白を引き出した。

 同様の機械は、全盛期には企業が社員の忠誠を試す道具ともなって全米に広まった。

 連邦政府内で同性愛者さがしに使われたことを書いた後、著者は「エリートたちが躍起になって男らしさを示そうとするあまり、アメリカをベトナム戦争へ導いた」という歴史家の見方を引く。同時代史の裏に、心をのぞかれる恐怖もあったのか。

 「嘘を暴くために科学技術に目を向けたのはアメリカだけ」という。その背景には、米国流のプラグマティズムと素朴な科学信仰があるようだ。だが皮肉にも、科学で前時代的な捜査を一掃しようとする試みは、ちらつかせるだけで威圧する道具を生んだ。

 最新の科学技術は「嘘の本拠地に——つまり脳に——直接乗り込むという魅力的な方法を提示している」。いま関心を集める脳科学の倫理とも無縁ではないのだ。

 開発の草分けたちの描写は出色だ。とくに科学者の良心にこだわったラーソンと、その弟子だが実業の夢を追ったキーラーの確執は 生々しい。「ラーソンは『開かれた科学』をめざしたが、キーラーは『ノウハウの独占』を追求した」。論文優先かそれとも特許か、という今日の科学が抱える 悩みにも通じている。

 著者は日本版に寄せた一文で、この機械を捜査に広く使う日本を「同じ道をたどろうとする国」と位置づける。

 裁判員の時代を前に、読んでおきたい一冊だ。

   ◇

 青木創訳/Ken Alder 科学史や技術史の著書に与えられる賞を相次いで受賞。

表紙画像

嘘発見器よ永遠なれ

著者:ケン オールダー

出版社:早川書房   価格:¥ 2,625

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