2008年6月7日土曜日

asahi shohyo 書評

出版から100年、「赤毛のアン」人気脈々と

2008年06月06日

 カナダ生まれの小説「赤毛のアン」が出版されて今年で100年。孤児のアンが日常のささやかな幸せを育み、前向きに歩んでいく物語は、日本でも今 なお、読み継がれている。東京で10日に始まる展覧会が各地を巡回するほか、感想文コンテストなど様々な催しが予定されている。(佐々波幸子)

写真故村岡花子さんの直筆原稿。「マリラの決心」を描いた第六章で、赤ペンの書き込みもある
写真奥が1952年に発行された「赤毛のアン」の初版本。手前がカナダ人宣教師から贈られた原書
写真赤毛のアン記念館でエピソードを語る美枝さん(右)と恵理さん=東京都大田区

■翻訳家の生家にファン4000人

 1952年に日本で初めてアンを紹介した翻訳家・村岡花子さんの生家は東京都大田区中央3丁目にあり、新築され「赤毛のアン記念館・村岡花子文 庫」になっている。書斎を再現した部屋の机の上に原稿が置かれ、訳文に赤ペンで手を加えた様子が見て取れる。原稿用紙が不ぞろいなのは、第2次世界大戦の さなかに作業を進めていたからだ。「家中の紙を集めて書いていたようです」と孫の美枝さん(48)は言う。

 初版本の隣に、原書がある。世界情勢が悪化した39年ごろ、勤め先の出版社の同僚だったカナダ人宣教師から贈られた一冊だ。「いつか平和な時代がきたら、あなたの手で翻訳を」と帰国直前に託された。

 戦争をはさんで出版まで13年。「王子と乞食(こじき)」「フランダースの犬」など数々の訳書を世に出した村岡さんだが、アンは特別な一冊だった という。平和への思いを原書に託されたことに加え、10歳から東洋英和女学校でカナダ人の教えを受けた、自分の青春時代と重なって見える部分があったから だ。

 こんな背景を含めた祖母の評伝を、美枝さんの妹・恵理さん(40)は「アンのゆりかご」(マガジンハウス)にまとめ、5日出版した。

 生家を訪れるファンが絶えなかったため、91年に遺族が記念館を開設。予約制で月2〜3回、翻訳のエピソードを交えながら書斎を公開してきた。いまは美枝さんと恵理さんが主宰。訪れたのは、小学生から80代まで約4千人にのぼるという。

 世代を超えて読まれてきた理由の一つとして、「アンの生き方を通し、壁にぶつかった時の乗り越え方を伝えているからでは」と恵理さんはみる。

 10日から東京・日本橋三越本店で開かれる展覧会には、翻訳原稿や原書など記念館の収蔵品約50点を出展。カナダから作者モンゴメリの直筆原稿や、シリーズに登場する陶器製の犬「マゴグ」が届くほか、アンの部屋を再現したコーナーもある。

 東京は22日まで。7月に名古屋、8月に広島、その後大阪、福岡、鹿児島などを巡回する予定だ。問い合わせは事務局(03・5640・4555)へ。

■「生き方魅力」「勇気出た」

 「もしギルバートのような友達がいたら楽しいだろう。これは仮定法過去ですね」

 5月17日、東京・表参道で開かれた「赤毛のアン」の英語セミナー。作家・松本侑子さん(44)が解説しながら一文ずつ読み進めていく。

 松本さんは93年、シェークスピア劇や英米詩などの引用出典の注釈をつけて新訳を出版。02年からサイト運営会社「イー・ウーマン」で原書を読み解くセミナーを春と秋に開き、約600人が受講した。

 千葉県船橋市の清水洋子さん(62)は、少女時代に読んだ文庫本をかばんにしのばせていた。何カ所も線が引かれている。「女の子が主役で、喜怒哀楽を全部出していたのが新鮮だった」と振り返る。

 母から勧められたのがアンとの出会い、という神奈川県茅ケ崎市の高橋尚子さん(31)は「ささやかな日常に幸せを見つけて大切にし、常に最善を尽くしているアンの生き方が魅力」とほれ込んでいる。

 60人が参加したセミナーには男性も5人いた。茨城県日立市の横森昭仁さん(41)は「女の子の話と思って読んでこなかったが、大学時代に原書に挑戦。挫折したのでここに来た。アンが野心を持ち、くじけず進んでいくところがいい」と言う。

 松本さん自身は、アンを引き取ったマシューとマリラの兄妹に目を向ける。「アンを育て上げることで、50歳を過ぎてから心が豊かに耕されていった。生き直していく姿に勇気づけられる。大人こそ味わえる作品です」

■「日本の因習打ち破った」

 〈『赤毛のアン』の秘密」を著した心理学者、小倉千加子さん(56)の話〉 こんなに読まれているのは、カナダ以外では日本とポーランドだけ。日 本で人気を集めた大きな理由は、村岡さんのしみじみした訳文の力だ。また、孤児だったアンに、家事をさせるのではなく学校に行かせ、さらにアンがクラスで 1番になるところも、日本の女の子の因習を一気に打ち破り、爽快(そうかい)だったのではないか。

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