2009年3月26日木曜日

asahi shohyo 書評

源氏・多喜二テーマに2冊刊行 天皇制とあこがれ軸に

2009年3月25日

写真シカゴ大教授 ノーマ・フィールドさん

  昨年、千年紀を迎えた「源氏物語」と、ブームとなった「蟹工船」を書いた小林多喜二。『源氏物語、〈あこがれ〉の輝き』(みすず書房、斎藤和明ほか訳、原 著は87年)と『小林多喜二――21世紀にどう読むか』(岩波新書)を刊行したシカゴ大教授のノーマ・フィールドさんに話を聞いた。両者をつなぐものは 「天皇制」と「文学」だという。(石田祐樹)

 「私は、アメリカ人の父と日本人の母の間に東京で生まれ育ちました。アメリカの大学院で『源氏』を選んだのは自然なことで、 80年に来日し、若い研究者が集まる『物語研究会』に所属したのが決定的でした。天皇制を普遍化した王権論が刺激的でした。『源氏』に書き込まれてはいる が、注意しなければ気づかない政治性、つまり、経済的基盤と恋と権力が重なる構図が見えてきました」

 ヒロインに焦点を当てた分析は〈あこがれ〉がキーワードだ。

 「源氏は天皇にはなれないし、父の后(きさき)を慕い、その縁の女性を追い続ける彼には、目の前にないものに対する根源的な欲求が働いている。そういう〈あこがれ〉が人間にとって何を意味するのか、という問いを読み取りました」

 「源氏」をまとめた後、関心は近現代へ移っていく。88年に来日、昭和天皇が倒れ、死に至る日々に直面した。

 「『源氏』で考えた天皇制が、戦後の天皇制を理解するきっかけとなり、『天皇の逝く国で』(91年。邦訳は94年)という本になりました」

 そして、多喜二と出会う。「カルチュラル・スタディーズやポストモダンの研究風潮には、ずっと違和感を抱いていました。北海道を旅した98年、小樽文学館で多喜二の書簡を読み、彼の人間性と地域性が示唆するものにひかれたのです」

 『小林多喜二』は、初の日本語での書き下ろしだ。私有財産制と国体の批判を禁ずる治安維持法違反の容疑で逮捕、虐殺された多喜二と「源氏」をつなぐものは、「天皇制」と「文学の根幹にある〈あこがれ〉」だという。

 「プロレタリア文学者はなぜ文学を必要としたのでしょうか。文学とは知性と感性を一体化し、心に働きかけるものです。彼らが文学をあきらめられなかったことも、『源氏』が内包する、尽きせぬ欲求とつながるような気がします」

 「政治」と「文学」は相いれない、という近代の思想を超える存在として多喜二を描いた。「私はこころからお礼をいいたい。あなたが全身の力をふりしぼって、文学と社会変革をともに求めたことに対して」と書いている。

 「それが、私の今の〈あこがれ〉の対象かもしれない。『源氏』にある心理と美の探求と、多喜二の正義への渇望を合わせてみると、目指すところは、人間すべてが可能性を発揮できる社会でしょう。私の魂が、他の人とともに、そんな世の中を追い求めているんでしょうね」

表紙画像

源氏物語、〈あこがれ〉の輝き

著者:ノーマ・フィールド

出版社:みすず書房   価格:¥ 5,670

表紙画像

小林多喜二―21世紀にどう読むか (岩波新書)

著者:ノーマ フィールド

出版社:岩波書店   価格:¥ 819

0 件のコメント: