2009年3月10日火曜日

asahi shohyo 書評

命いとおし—詩人・塔和子の半生 [著]安宅温

[掲載]2009年3月8日

  • [評者]久田恵(ノンフィクション作家)

■繊細な詩と煮えたぎる情動のマグマ

 塔和子という詩人がいる。

 99年に詩集『記憶の川で』で高見順賞を受賞し、注目を浴びた女性である。

 「私は/卵を産む昆虫のように/身を細くして/言葉をひとつひとつ産み落とす」(「一瞬やつれ」から)と書く彼女は、28歳から79歳の今日に至るまでひたむきに詩を書き綴(つづ)ってきた。

 50余年、千編に及ぶその詩は、瀬戸内海の島のハンセン病の療養所の中で紡ぎだされてきた。

 いずれも美しいけれど率直で厳しい。平易だけれど深く、繊細だけれど時にはしたたかでもある。

 本書は、そんな詩人の詩と人生を紹介した作品である。

 塔和子は、ハンセン病に罹(かか)ったことで、わずか14歳で家族から引き離された。

 そして、法によって離島に隔離され、過酷な環境の中で少女期を過ごしたが、後に同じハンセン病患者であった赤沢正美と療養所内で結婚。

 この短歌をつくる夫を文学的な師として彼女の詩作が始まっていった。

 彼女にとってその詩とは、自らの魂を自力で耕していくための、のっぴきならない表現だった。囚(とら)われた身体から魂を飛翔(ひしょう)させるための、かけがえのない翼だった。

 著者は、83年秋にこの離島の療養所を訪問し、詩人と出会った。本人から渡された詩集を読みその才能にただならぬものを覚え、彼女の人生を書きたいと願った。

 が、詩人は「忘れてしもうた」と言ってなかなか自分については語らない。まるで、「詩が私のすべてを語っているでしょう」と言うかのように静かに笑っている。

 けれど、「忘却という言葉さえ/それは在ったということを消しようのない/証しとなる」(「記憶の川で」から)と書く詩人の心の底には、ハンセン病に罹った悲しみ、隔離政策を受けた怒りなどさまざまな情動のマグマが煮えたぎっていたのだ。

 それが見えたとき、詩人の心の中を探求する長い旅は終わったと著者は語る。

 本書によって、塔和子の詩と人生への理解が深まることを祈りたい。

    ◇

 あたか・はる 36年生まれ。著述家。著書に『住んでみた老人ホーム』など。

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