2009年3月10日火曜日

asahi shohyo 書評

アメリカ後の世界 [著]ファリード・ザカリア

[掲載]2009年3月1日

  • [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■挑戦者としての中国・インド両国

  近年、アメリカ批判が高まっている。感情論にも近い衰退論や世界無極論もあれば、帝国論、格差社会論、貧困大国論も存在する。ただし、今回の経済危機が明 らかにしたことは、アメリカ経済に変調が起きるとその影響がいかに大きく広範であるか、ということである。ともあれ、アメリカは強くても弱くても批判され るらしい。

 本書のテーマは「アメリカの凋落(ちょうらく)」ではなく、「アメリカ以外のすべての国の台頭」、とりわけ中国・インドの台頭 である。「アメリカ後の世界」において、アメリカはまだ頂点に立つが、最大の挑戦も受ける。地球規模の権力シフトが起きているとの認識のもとで、アメリカ はどのように対応するのかについて、良質で落ち着いた分析が展開される。

 著者はアメリカの経済より政治に対して批判的である。ブッシュ政権の傲慢(ごうまん)さも問題であるが、民主党の保護主義も嘆 かわしく、テロに関しては民主党も共和党も国内向けの発言に終始している。ナノテクノロジーや高等教育でのアメリカの優位は依然圧倒的であるが、著者によ れば、今後のアメリカの指導力を考える際に決定的に重要なのは、正当性の有無である。ただ一つ、それだけが近年のアメリカに欠けている。そもそもアメリカ は力だけでなく、理念によって世界を変革してきた。再びそれを取り戻すことができるであろうか。

 中国がアメリカにとってもっとも手ごわい挑戦者となるのは、力の誇示をせず、節度ある穏やかな路線に終始した場合であると著者 はみる。それに対して、世界最大の民主主義国であるインドは、中央政府が弱体であり、「社会」が「国家」より優位に立つ点でアメリカとよく似る。そしてイ ンドほど親米的な国は他にない。これらは中国に欠けているインドの優位である。

 本書はインド生まれで、18歳でアメリカに留学した著者によるインド論としても、興味深い。著者のような知識人を自国の知的世界に迎え入れたアメリカの姿そのものが、アメリカの大きさを示唆しているのではなかろうか。

    ◇

 楡井浩一訳/Fareed Zakaria 64年生まれ。ニューズウィーク国際版の編集長。

表紙画像

アメリカ後の世界

著者:ファリード・ザカリア

出版社:徳間書店   価格:¥ 1,785

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