2009年3月28日土曜日

asahi shohyo 書評

砂糖のイスラーム生活史 [著]佐藤次高

[掲載]2009年3月15日

  • [評者]小杉泰(京都大学教授)

■人類の食生活を一変させた強い甘み

  現代人の食生活に砂糖は欠かせない。甘みがなければ料理も菓子もよほど味気ないであろう。砂糖が世界に広がったのは、ヨーロッパ人がイスラーム圏で強烈な 甘みに出会い、それを持ち帰って以降である。アラビア語のスッカルは、英語のシュガーやフランス語のスュクルとなった。それ以後の歴史は知られている。

 他方、中国での砂糖の歴史も研究がおこなわれてきた。ところが、その両者の間にあって、人類に砂糖を広める中心となったイスラーム世界のことは、ほとんど実態がわかっていなかった。本書は、その空白を埋める、国際的にもひじょうに意義の高い著作である。

 原始的な砂糖づくりは紀元後に北インドで始まったようであるが、7世紀までにイラン、イラクでサトウキビが大量に栽培されていた。イスラーム時代になると、精糖の技術が確立され、甘味料や薬品として広く用いられた。

 その過程を調べるため、著者は世界各地を回って史料を集めた。写本を含むアラビア語の古典を中心に、ジャンルも年代記、地理書、旅行書に始まり医学書や薬膳(やくぜん)書に至るまで、さらにイスラーム考古学の成果も活用しながら、砂糖の生活史が描き出される。

 砂糖がふんだんに使われている何百年も前の料理のレシピや、王侯が祝宴で庶民にまで砂糖菓子をふるまう様子はとても楽しく読める。アラビアンナイトにも、多種の砂糖菓子が登場する。

 砂糖以前の甘みは蜂蜜か完熟した果物程度だったから、砂糖によって人類の食生活が一変したと言っても過言ではない。本書はその貴重な歴史を教えてくれる。

 重要な発見の一つは、イスラーム圏で砂糖生産を農民と職工、人夫が担っていたことである。従来は、後の西洋の一部と同じように奴隷労働を用いたと思われていたのが、ここで訂正された。

 著者は現在、全国的なイスラーム地域研究ネットワークを主宰しているが、現代の理解にもつながるよう歴史を解析する手法が、本書にも生きている。

    ◇

さとう・つぎたか 42年生まれ。早大文学学術院教授、イスラーム地域研究機構長。

表紙画像

砂糖のイスラーム生活史

著者:佐藤 次高

出版社:岩波書店   価格:¥ 3,360

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