2009年3月26日木曜日

asahi shohyo 書評

正岡子規『仰臥漫録』 早坂暁(中)

[掲載]2009年3月22日

■35歳で究極の魂の記録 "眼からウロコ"の叙述

 正岡子規さんの病床日記『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』ほど、私の眼(め)から見事にウロコを剥(は)ぎとってくれた本はない。

 "ウロコ"とは何か。私と同じ余命1年半と宣告された癌(がん)患者・中江兆民さんが書いた覚悟の書『一年有半』『続一年有半』である。

 私は『一年有半』を杖(つえ)がわりにして、わが"死"に対決し、突破しようとする算段だったが、郷里の大先輩である子規さんによって斬(き)って捨てられた。

 子規さんの病は脊椎(せきつい)カリエス。その『仰臥漫録』に、こう書く。

 「『一年有半』は浅薄なことを書き並べたり、死に瀕(ひん)したる人の著なればとて新聞にてほめちぎりしため忽(たちま)ち際物(きわもの)として流行し六版七版に及ぶ」

 さらに子規さんは言う。「生命を売物(うりもの)にしたるは卑(いや)し」と。木端微塵(こっぱみじん)なんだ。

 「(兆民)居士は咽喉(のど)に穴一ツあき候由われらは腹(はら)背中(せなか)臀(しり)ともいはず蜂の巣の如(ごと)く穴 あき申候 一年有半の期限も大概は似より候」として、子規さんは「居士は理は分かるが美は分からない」と書く。つまり自然や文化の美に感動する力がないと いうのだ。

 子規さんは、この時35歳。日録は、まるで人体解剖のように、食事、治療、排泄(はいせつ)から始まり、弟子たちとの対話、笑い、怒声、悲鳴、号泣が飛び交い、その間を草花のスケッチと、花におとらぬ俳句があふれるという究極の魂の記録である。

 死の床にある人、この書で眼からウロコを落とし、活力をもらうといい。

 で、日本の画家にお願いがある。お釈迦(しゃか)さまの涅槃図(ねはんず)ならぬ子規さんの臨終図を、ぜひ描いてほしい。

 釈迦さんのように大勢の弟子に囲まれ、俳句の花や草花に飾られ、神の手を持つ妹に手を清められ、母の悲しい涙で"少年"として死んでいった子規さんの涅槃図は、きっとお釈迦さまのソレにも負けないだろう。こんな日録は稀有(けう)である。(作家)

    ◇

 子規が1901(明治34)年から翌年の死の直前まで書きとめた日録。岩波文庫で読める。

表紙画像

仰臥漫録 (岩波文庫)

著者:正岡 子規

出版社:岩波書店   価格:¥ 525

表紙画像

一年有半・続一年有半 (岩波文庫)

著者:中江 兆民・井田 進也

出版社:岩波書店   価格:¥ 840

0 件のコメント: