正岡子規『仰臥漫録』 早坂暁(中)
[掲載]2009年3月22日
■35歳で究極の魂の記録 "眼からウロコ"の叙述
正岡子規さんの病床日記『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』ほど、私の眼(め)から見事にウロコを剥(は)ぎとってくれた本はない。
"ウロコ"とは何か。私と同じ余命1年半と宣告された癌(がん)患者・中江兆民さんが書いた覚悟の書『一年有半』『続一年有半』である。
私は『一年有半』を杖(つえ)がわりにして、わが"死"に対決し、突破しようとする算段だったが、郷里の大先輩である子規さんによって斬(き)って捨てられた。
子規さんの病は脊椎(せきつい)カリエス。その『仰臥漫録』に、こう書く。
「『一年有半』は浅薄なことを書き並べたり、死に瀕(ひん)したる人の著なればとて新聞にてほめちぎりしため忽(たちま)ち際物(きわもの)として流行し六版七版に及ぶ」
さらに子規さんは言う。「生命を売物(うりもの)にしたるは卑(いや)し」と。木端微塵(こっぱみじん)なんだ。
「(兆民)居士は咽喉(のど)に穴一ツあき候由われらは腹(はら)背中(せなか)臀(しり)ともいはず蜂の巣の如(ごと)く穴 あき申候 一年有半の期限も大概は似より候」として、子規さんは「居士は理は分かるが美は分からない」と書く。つまり自然や文化の美に感動する力がないと いうのだ。
子規さんは、この時35歳。日録は、まるで人体解剖のように、食事、治療、排泄(はいせつ)から始まり、弟子たちとの対話、笑い、怒声、悲鳴、号泣が飛び交い、その間を草花のスケッチと、花におとらぬ俳句があふれるという究極の魂の記録である。
死の床にある人、この書で眼からウロコを落とし、活力をもらうといい。
で、日本の画家にお願いがある。お釈迦(しゃか)さまの涅槃図(ねはんず)ならぬ子規さんの臨終図を、ぜひ描いてほしい。
釈迦さんのように大勢の弟子に囲まれ、俳句の花や草花に飾られ、神の手を持つ妹に手を清められ、母の悲しい涙で"少年"として死んでいった子規さんの涅槃図は、きっとお釈迦さまのソレにも負けないだろう。こんな日録は稀有(けう)である。(作家)
◇
子規が1901(明治34)年から翌年の死の直前まで書きとめた日録。岩波文庫で読める。
- 仰臥漫録 (岩波文庫)
著者:正岡 子規
出版社:岩波書店 価格:¥ 525
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- 一年有半・続一年有半 (岩波文庫)
著者:中江 兆民・井田 進也
出版社:岩波書店 価格:¥ 840
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