2009年3月10日火曜日

asahi shohyo 書評

武田泰淳の映画バラエティ・ブック タデ食う虫と作家の眼 [著]武田泰淳

[掲載]2009年2月25日朝刊

■観客としての愛に満ちた映画エッセイ

  戦後文学の旗手による映画エッセイ、と聞くと、つい小難しい評論集を想像してしまうが、そんなことはない。表題作となっている短い随筆などは、映画館で肉 まんを食べるのが好きな著者が、いつも周囲から白い眼(め)で見られるという話を面白おかしくつづっているのだ。本書に収録されているのは、様々な新聞、 雑誌に発表された映画にまつわる短いエッセイと、木下恵介、黒澤明両監督の撮影現場ルポや内田吐夢監督との対談である。取り上げられるのは洋画、邦画を問 わず、また、文芸作品からB級娯楽作品まで種々雑多だ。

 武田泰淳という作家は、映画館に足を運び実によく映画を見ている。暗闇に身を潜めつつスクリーンを、時に熱く、時に冷淡に眺め ていたのだろう。作家の眼が、映像美やドラマ、俳優の演技に向くのは当然としても、武田の場合は興行面にも向けられるのだ。たとえば、日米の宗教映画を、 国民性だけでなく興行面からも比較していくのはユニークな視点と言えるだろう。

 なお、これまでは全集でしか読めなかった、大島渚監督『白昼の通り魔』と篠田正浩監督『処刑の島』の原作となった二つの短編も収録されている。適宜、映画スチールも挿入され、郷愁をそそられる盛りだくさんな内容となっている。

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