2009年3月17日火曜日

asahi shohyo 書評

心は遺伝子の論理で決まるのか [著]キース・E・スタノヴィッチ

[掲載]2009年3月15日

  • [評者]尾関章(本社論説副主幹)

■内なる自然と人間らしい思考の対立

 反省の時代である。

 未曽有の経済危機に直面して市場に過大な幻想を抱いたことを悔いるのなら、経済の検証だけでは済むまい。人の思考や行動の様式から問い直す必要がある。これは、その糸口となる一冊といえよう。

 原著の出版は5年前。いま市場万能論の破れをみて邦訳を読む私たちには、その洞察の鋭さが一層実感できる。

 この本を貫く座標軸は、心の中の内なる自然と人間らしい思考との対立だ。脳の認知システムを、刺激反応型の「自律」系と内省型の「分析」系に分けて考える。

 土台に置くのは、英国の生物学者R・ドーキンスの生命観である。人を、遺伝子が自己複製するときの乗り物とみる。遺伝子を主人、人をロボットに見立てれば、ロボットをして主人に尽くさせるのが自律系システムだ。

 分析系は知的で、主人の言いなりにならない。人は「柔軟な知性を持っているがゆえに(中略)遺伝子の要求から逃れることができる」。「ロボットの叛逆(はんぎゃく)」である。

 そんな知性には、「もしこうだったら」と考える仮定的思考や自分を批判的に見る能力などがあるという。

 遺伝子に似たものとして「ミーム」も俎上(そじょう)にあげる。人々の脳を乗り物にして世の中に広まる信念のようなものだ。著者は、遺伝子もミームも「私たちのためになるとはかぎらない」とし、その「望ましくない影響を阻止する努力」こそが文化だという。

 圧巻は市場万能論批判だ。

 そこでは、安売り品志向の人が、廉価品は途上国の子らの過酷な労働の産物だと知って反省モードに入る話が出てくる。買うか買わ ないか。どちらが途上国を助けるか、どちらが自分の町の小さな商店を守ることになるか……。著者は、こうした思考こそが大事で「人間であることを他と区別 する特徴」とみる。

 「市場はたしかに、財布につながる一次的欲望を満足させる強力なメカニズムであるが、その他の多くの欲望や価値観(中略)を完全に無視する制度でもある」

 人が人であることに立ち戻る宣言とも読める本である。

    ◇

 THE ROBOT'S REBELLION、椋田直子訳/Keith E. Stanovich カナダのトロント大学で認知心理学を研究。

表紙画像

心は遺伝子の論理で決まるのか-二重過程モデルでみるヒトの合理性

著者:キース・E・スタノヴィッチ

出版社:みすず書房   価格:¥ 4,410

0 件のコメント: