2009年3月10日火曜日

asahi shohyo 書評

人を殺すとはどういうことか—長期LB級刑務所・殺人犯の告白 [著]美達大和

[掲載]2009年3月8日

  • [評者]香山リカ(精神科医、立教大学現代心理学部教授)

■獄中でつづった特異な半生記・観察記

 本書は、2件の殺人を犯し、無期懲役刑に服する著者が獄中でつづった手記である。前半が自分の半生記、後半が刑務所で見た他の受刑囚たちの観察記なのだが、懺悔(ざんげ)の書ではない。

 著者は、持って生まれた高い知能と冷徹さを生かして社会的な成功を収めた後、自らの歪(ゆが)んだ価値観に従ってふたりの人間 の命を奪う。逮捕後や公判中も罪の意識はまったく感じなかった著者だが、検察の論告を聞いているときに突然、情動のスイッチが入り、後悔や反省の念がわき 起こる、という体験をする。

 その後、長期刑務所に移った著者は、償いの日々を送りながら冷静に他の受刑囚を観察し、犯罪の動機や今の感情についてインタ ビューを試みる。そこから浮かび上がるのは、フィクションでは描ききれないほど不可解で矛盾に満ちた人間の生々しい姿だ。強盗殺人を犯したある男は、被害 者に「全くざまあみろだ」と言い放つほど冷酷な人間だが、テレビのご対面番組には涙を流す。ヤクザ同士の抗争で殺害した被害者の強さを畏敬(いけい)し、 「ヤクザとしての自分の生き方がしっかり決まった」と出所していった男もいる。

 著者があげる受刑者に共通する「異常な執着心」「利己心の強烈さ」など18点もの負の特徴や、長期刑務所は"反省や更生とは、 ほとんど無縁の""悪党ランド"といった表現に、人間に対する希望を失いそうになる。ただ、検察の論告に氷のような心を動かされた著者のようなケースもあ るではないか。著者自身も、「日常の何気ないところや誰かの懸命な生き方に触れた時に化学反応」が起こり、獣のような殺人犯が人間性を取り戻すことがあり うる、と述べている。

 本書は、世に出たことの是非や書かれた意義を安易に論じるべき類(たぐい)の本ではない。ただ、「殺人犯は理解不能のモンス ター」と私たちの意識や社会から排除する前に、「こういう人たちがいる」という厳然たる事実を知っておく必要があるとしたら、やはりこれは特異だが貴重な 記録といえるのではないだろうか。

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 みたつ・やまと 59年生まれ。無期懲役囚。現在「LB級刑務所」で服役中。

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