2009年3月28日土曜日

asahi shohyo 書評

ねたあとに [著]長嶋有

[掲載]2009年3月22日

  • [評者]鴻巣友季子(翻訳家)

■延々うだうだの果て、脱力爆弾の威力

  アフリカの子らが餓死している時に己の文学は無力だとかつてサルトルは言った。と、先月この書評欄で書いたが、再び書く。『ねたあとに』は芥川賞作家が大 江健三郎賞受賞後、朝日新聞に連載した小説である。そう紹介するだけで覇気が漂う。で、中身は、いい年した大人たちが山荘で軍人将棋みたいなアナログゲー ムを延々とやるという、それだけの話なのだ。これで堂々333ページとは、嬉(うれ)しい。

 古来やんごとなき遊びには暗黙のルールが無数にあるもの。舌戦でエスプリを競った仏の貴族サロン然(しか)り、ツルゲーネフ 『初恋』の侯爵家でのお戯れ然り。さて、本作ナガヤマ家の山荘暮らしにも、数々の約束事がある。作家の長男コモローと古道具店主の父ヤツオが口にすること には、決まって元ネタ(声優の真似<まね>、アニメの作戦等々)があり、独自のゲームには、はずせない「勘所」が細々(こまごま)と存在する。しかし貴族 社会と異なるのは、そのルールを解さない(スルーする)者とて排除されないこと。韓流ドラマファンの学者も、スイーツ食いの女子も、肩身を狭くせず生息で きるのがこの家だ。

 語り手久呂子(黒子と掛けてる?)のいるようないないような存在感や、柔軟な批評を含んだ視線が良い。麻雀牌(マージャンパ イ)をまぜていた人々の手が「目配せすらないまま」一斉に積む動作へ移る瞬間が少し怖いと言う彼女は、物事の諸相を恐ろしく目の詰んだネットですくいとっ ていく。その果てに最終章で行われる「ダジャレしりとり」の脱力爆弾というべき威力が凄(すご)い。

 天板が小さすぎる炬燵(こたつ)、すわりの悪い電球置き場。コモローは「辻褄(つじつま)すらあわせていない矛盾」だらけの山 荘で、景色から「素敵(すてき)な」とか「淡々とした」などの意味を悉(ことごと)く抜きとって地味な虫ばかり撮る。そのブログ「ムシバム」に本作の真髄 (しんずい)が覗(のぞ)いている、かもしれない。美しくも機能的でもなく「なんとなくそうなっちゃった」ものたちが、しぶとく当たり前に在り続ける場 所。効率や機能に「だからどうした」と言い続ける文学の無力を、長嶋氏には今後もしたたかに貫いてほしい!

    ◇

ながしま・ゆう 72年生まれ。『猛スピードで母は』で芥川賞。『パラレル』ほか。

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ねたあとに

著者:長嶋 有

出版社:朝日新聞出版   価格:¥ 1,785

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ロシア〈1〉/集英社ギャラリー「世界の文学」〈13〉

著者:プーシキン・ゴーゴリ・レールモントフ・ツルゲーネフ・レスコフ・ガルシン・チェーホフ

出版社:集英社   価格:¥ 4,935

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猛スピードで母は (文春文庫)

著者:長嶋 有

出版社:文藝春秋   価格:¥ 400

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パラレル (文春文庫)

著者:長嶋 有

出版社:文藝春秋   価格:¥ 530

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