2009年3月28日土曜日

asahi shohyo 書評

戦場の画家 [著]アルトゥーロ・ペレス・レベルテ

[掲載]週刊朝日2009年3月27日号

  • [評者]温水ゆかり

■混沌世界に向かう"渾身&誠実作"

  文庫初出。主人公はレバノンなど世界の紛争地帯を駆け巡った戦場カメラマン。いまは地中海に臨む望楼をねぐらに、壁画を描いている。そこに現れた過去から の訪問者。主人公の撮った決定的瞬間「敗残の顔」に若き日の姿をとどめるこのクロアチア元民兵は言う。"あなたを殺しにきた。が、その前に認識し理解して もらいたいことがある"と。

 スリリングな出だし。しかし六日間のこの対話が、人間の残虐性について省察する戦争論になり、主人公が亡き恋人(これが滅法イ カしてる!)と交わした写真&絵画論にもなっていくとは。男達の上に流れた時間の比喩になっているのは、"アマゾンの蝶の羽ばたきがシカゴに大雨を降らせ る"の名句で知られるバタフライ効果。旧ユーゴ紛争中、主人公がすれ違いざまに押したシャッターが、10年後の男達の邂逅を用意した。

 知的ミステリーなんて言い方で、はしゃぎたくないな。これは元国際記者、現在欧州の最重要作家の1人とされる著者が、混沌とし たこの世界に向かって鑿で文字を刻んだ"渾身&誠実作"。キャパやピカソ(ゲルニカ)への否定的言及、残酷さの深淵を描いたゴヤ礼賛など、スペイン人作家 ならではの知見も奥が深い。

    ◇

 木村裕美訳

表紙画像

戦場の画家 (集英社文庫)

著者:アルトゥーロ ペレス・レベルテ

出版社:集英社   価格:¥ 860

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