2009年8月4日火曜日

asahi shohyo 書評

幸せを科学する—心理学からわかったこと [著]大石繁宏

[掲載]2009年8月2日

  • [評者]広井良典(千葉大学教授・公共政策)

■研究が明かす幸福へのヒント

 誰でも「幸せ」になりたいと思っている。では「幸せ」とは一体何だろうか。

 人類始まって以来のこうした問いについて論じたり、それに表現を与えてきたのは哲学者や宗教家、あるいは小説家などだった。そ れを心理学の立場から、「実証的に」アプローチし明らかにしようとするのが本書の基本テーマである。文脈は異なるが、日本でも「国民総幸福(GNH)」を 掲げるブータンのことがよく話題になるなど、経済成長と幸福度の関係その他についての関心が高まっている。

 著者によれば、10年ほど前は「幸せ研究をしてるなんて珍しいね」と言われたが、今では「あなたも幸せ研究をしてるのね」と言 われるほど、幸福というテーマが心理学における主要な話題になっているという。戦後しばらくアメリカの心理学は、外面に現れるもののみを対象とする「行動 主義」が強かったが、1980年代から感情や幸福感や愛といった主観的な概念を研究対象とすることが徐々に認知されるようになり、過去30年で幸せに関す る実証研究が一挙に拡大した。こうした展開は、それ自体そもそも「科学」とは何かというテーマともかかわる興味深いものだ。

 そのような流れを踏まえた上で、本書では「文化と幸せ」「幸せをどう測るのか」「経済と幸福感」「結婚と幸福感」「最適な幸福 度とは」等々といった、幸せに関する様々な興味深い研究とそれを通じて明らかになったことが、著者自身の調査を含めて包括的に提示される。おそらく、実証 的な心理学における「幸福」研究の現在と今後を把握するにおいて本書は最良のものの一つと言えるだろう。

 そうした本書の価値や著者の良心的な姿勢を十分強調した上で、しかし探究がなお表層にとどまっているような物足りなさが残るの も事実である。また、最後の部分での「社会」や「コミュニティ」と幸せとのかかわりの部分をさらに発展させてほしいと思うが、それは著者自身が言うよう に、幸せについての「社会科学」的検証として一層展開していくものだろう。

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 おおいし・しげひろ 93年に国際基督教大学卒業後渡米。バージニア大学准教授。

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