2009年8月28日金曜日

asahi shohyo 書評

日本の殺人 [著]河合幹雄

[掲載]2009年8月23日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■罪を犯した者をどう扱うべきか

 何とも怖い表題である。殺人犯の「心の闇」から現代の病理を探るとか、猟奇事件の実録といった内容を期待してしまう人もいるだろう。だがこの本は、そういう読者の目に貼(は)りついた鱗(うろこ)を落とし、刑事司法をめぐる現実を教えてくれる。

 戦後の日本では、殺人事件の数は減り続けており、その傾向は今でも変わらない。ほとんどの場合、すぐに犯人が捕まっていて、過半数を占めるのは家族内での事件である。

 また、法社会学の視点から、殺人犯が捕まり、刑務所に送られたあとの人生を分析するところも、興味ぶかい。彼らの更生と社会復帰を、刑務所の刑務官や、民間人が務める保護司の地道な努力が支えてきた。

 しかし、保護司の後継者が育たず、地域の人間関係が稀薄(きはく)になる現状では、そうした特別な社会領域にだけ、犯罪者の更生を任せるのは難しくなっている。罪を犯した者を市民社会がどう扱うべきか、普通の人も考えなくてはいけない。

 最後に裁判員制度にふれて、この本は終わっているが、裁判員に選ばれたときの心がまえにも、大きく役だつ一冊である。

表紙画像

日本の殺人 (ちくま新書)

著者:河合 幹雄

出版社:筑摩書房   価格:¥ 819

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