2009年8月28日金曜日

asahi shohyo 書評

日本人の戦争観多様 作家の日記分析 ドナルド・キーンさん

2009年8月15日

  日本文学研究者のドナルド・キーンさんが、戦時中の文学者の日記を分析する『日本人の戦争 作家の日記を読む』(文芸春秋)を発表した。情報が制限された 市井の立場にありながら、練達の表現力を持つ作家らがつづった記録を俯瞰(ふかん)することで、戦時下の状況と心理の変化が浮かび上がってくる。

 キーンさんは太平洋戦争のさなか、米海軍の情報士官としてハワイで従軍し、押収された日本兵の日記を読む仕事にあたったのが、日本人の日記に接した最初だった。以来、どうして日本人は戦争をしたかったのか、問題意識を持ち続けていたという。

 「兵士が書いたものは紋切り型の内容が多かった。今回、多くの作家の日記を読んで、読めば読むほどに面白かった。英雄的な行為は歴史家がつづるが、普通の生活は本に書かれていない。日記を書く人は未来のことを考え、未来の人は日記を通じて多くのことを知ることができる」

 紹介される日記の作者は、永井荷風、高見順、伊藤整、山田風太郎、内田百けん、吉田健一ら。開戦した1941年から終戦後の 46年までの記述を配する。例えば、山田は銭湯での話題の変遷をこのように書く。〈十七年はまだ戦争の話が多かったと憶(おぼ)えている。十八年には工場 と食物の話が風呂談義の王座を占めていた。十九年は闇の話と、そして末期は空襲の話。……今(二十年)ではいくら前の晩に猛烈な空襲があっても、こそとも 言わない〉

 「山田風太郎は私と同じ年に生まれ、同じような文学を読んでいたにもかかわらず、終戦後も復讐(ふくしゅう)を唱えるなど、考 えは正反対でした。伊藤整とは生前、親しくしていて、ユーモアがある優しい人という印象を持っていたので、日記には好戦的なことを書いていて非常に驚きま した」

 一方で、高見順は見たままを公平に記し、感心したという。ジャーナリストの清沢洌の『暗黒日記』は、軍部への率直な批判をつづっている。

 「わかったことは、日本人特有の戦争観といったものはない、ということです。戦中、米国の軍人の大半は日本人を狂信的だと思っ ていたが、日記を読むと実に多様だったことがわかる。現在、単一的にみえるイスラムや北朝鮮などの人々もみなが同じわけではない、ということを伝えたい」

 何人もの日記を時系列に沿って配することで、戦況の変化が多角的にあぶり出される。「小説のように読まれるよう」工夫をしたという。記述に対するコメントは知的なユーモアが利いている。

 「日記文学という項目は外国の百科事典にはない。作家の日記は作品の背景として読まれるだけです。日本は平安朝から日記文学があり、一般教養としてあとの時代になっても読まれてきた。学ぶべき文学作品として作品性を高める意識があったと思います」(小山内伸)

表紙画像

日本人の戦争—作家の日記を読む

著者:ドナルド キーン

出版社:文藝春秋   価格:¥ 1,800

表紙画像

暗黒日記—1942‐1945 (岩波文庫)

著者:清沢 洌

出版社:岩波書店   価格:¥ 903

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