2009年8月28日金曜日

asahi shohyo 書評

大学の誕生 (上・下) [著]天野郁夫

[掲載]2009年8月23日

  • [評者]耳塚寛明(お茶の水女子大副学長・教育社会学)

■創成期のドラマ 大河小説の趣

  明治10(1877)年、わが国ではじめて「大学」の名称を冠された東京大学が設立され、同19年に帝国大学へと移行する。そして大正7(1918)年、 大学令が公布され、帝国大学以外の官公私立大学の設置がようやく正式に認められる。本書は、この約40年の間の、わが国における「大学誕生の物語」であ る。

 中心にあるのは東京大学(帝国大学)。この時期帝国大学は、教育に加えて研究機能を持った唯一の総合的な高等教育機関であっ た。他の高等教育機関に対する教員の独占的な供給源として、さらには弁護士などの国家試験でひとり試験免除の特権を付与された独占体として、巨大な太陽の ごとき存在だった。帝国大学を核として多様な大学が誕生していくさまが、太陽系の誕生にも似た壮大なドラマとして描かれる。

 日本のいまの大学群がかかえる現代的課題のルーツが、誕生期の短い歴史の中に繰り返し姿を現していることに驚く。私立専門学校 の抱えた宿命的な資金問題。国家の須要(しゅよう)に応じるための帝国大学ですら教育費の個人負担原則が放棄されていなかった事実。ドイツ的な「国家の大 学」とアメリカ型「市民の大学」モデルとの葛藤(かっとう)。とりわけ大学の序列構造と、欧米諸国に例を見ない厳しい「入学試験の国」日本ができあがった 必然性。大学誕生の時代は、今日にまで持続するわが国の大学組織と高等教育システムの基本的構造が形成された時代であった。それゆえ、本書は歴史でありな がら強い現代性をも帯びている。

 大学、高等学校、専門学校、実業専門学校、高等師範学校という多様に分化した教育機関が、しかも官立・公立・私立の別に立ち上 がり、全体として日本の高等教育システムを形作る。その成立と変動の過程を社会構造と関連づけながら分析するのは、「多大の知力と労力を必要とする力 業」(あとがき)にほかならない。本書は上下2巻、原稿用紙1200枚を超える大著であり、ダイナミックな大河小説の趣がある。新刊にしてすでに古典の地 位を約束された書といってよい。

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 あまの・いくお 36年生まれ。東大名誉教授。『試験の社会史』など。

表紙画像

大学の誕生〈上〉帝国大学の時代 (中公新書)

著者:天野 郁夫

出版社:中央公論新社   価格:¥ 987

表紙画像

大学の誕生〈下〉 (中公新書)

著者:天野 郁夫

出版社:中央公論新社   価格:¥ 1,029

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