2009年8月28日金曜日

asahi shohyo 書評

日本人の知らない日本語 [著]蛇蔵&海野凪子

[掲載]2009年8月23日

  • [評者]小柳学(編集者)

■日本語は外国人の愛が救う

  本書は、自らの体験をマンガ化した「コミックエッセイ」。コミックエッセイの先駆けは02年に刊行されベストセラーになった『ダーリンは外国人』で、版元 のメディアファクトリーは「コミックエッセイスト」のための賞を設けるほどの力の入れようである。本書も、その受賞作だ。

 日本語学校を舞台に、外国人生徒と日本人教師とのやりとりを描く。任侠(にんきょう)映画で日本語を覚えたフランス人マダム は、自己紹介でいきなり「おひかえなすって」「私のことは姐(あね)さんと呼んでください」。黒沢映画ファンのスウェーデン人女性は、ほめられて「これは いたみいります」と武士言葉。個性派ぞろいだが、生徒の質問は日本語の本質を突くものばかりだ。フランス人マダムが花札の「あのよろし」の意味を質問する ことで、今は使われていない変体仮名の歴史が解説される。ほかにも漢字に音読みと訓読みがある理由や、丁寧の「お」と「ご」の使い分けの法則などが説明さ れる。

 日本人にとって、アラビア語の文字はほとんど模様にしか見えないが、同じように、アルファベット文化圏の人にとって日本語は難 易度の高い言語との説もある。本著で読者は改めて日本語の複雑さに思い至るとともに、外国人生徒たちの七転八倒を笑いつつも、複雑な言語を自在に使ってい ることに、自尊心を刺激されることになる。この本が売れているのは、それ故ではないだろうか。

 だが当然のことだが、私たちの日本語を操る能力は母国語ゆえに労なく身に付けたものだ。作家の水村美苗は話題の書『日本語が亡 (ほろ)びるとき』で、情報化社会になったいま、日本語は、「普遍語」たる英語を前にしてこのままでは滅びるだろうと指摘した。しかし私は、本書の愛すべ き個性派外国人たちの日本語愛に、こんなふうに思ってしまった。「大丈夫、日本語は彼らも一緒に守ってくれる」

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 13刷65万5千部

表紙画像

日本人の知らない日本語

著者:蛇蔵&海野凪子

出版社:メディアファクトリー   価格:¥ 924

表紙画像

日本語が亡びるとき—英語の世紀の中で

著者:水村 美苗

出版社:筑摩書房   価格:¥ 1,890

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