2008年4月3日木曜日

asahi shohyo 書評

プルーストと身体—『失われた時を求めて』における病・性愛・飛翔 [著]吉田城

[掲載]2008年03月23日
[評者]鴻巣友季子(翻訳家)

■小説に移し替える「病気や死」

 プルーストの草稿・生成研究者で名高い著者の遺稿集だ。氏はかつて著書の中で、テクスト生成論の主眼は、作家の側ではなく作品の側を探索することにあると書いた。転換点は90年代に訪れたようだ。晩年は、肉体の病が精神生活に与える影響に関心を寄せた。

 本書では、作品に現れる病症から作家自身の病までが論じられる。『失われた時を求めて』で過去が甦(よみがえ)る場面の体験は、アレルギー性喘息 (ぜんそく)と同じ構造に基づいているという説が引かれ、プルーストは健康なら意識しない空気の存在、呼吸のリズムなどの生命原理を意識できたのだと結 ぶ。また、プルーストが遺伝的神経症を「創造に不可欠な徴(しるし)」と見ていたのは、「自己弁明の試み」ではと推測する。「自分の病気の苦しみと死に関 する考察を小説のなかにうつしかえているはずだ」というのが氏の実感だ。身体が文学を特徴づける。作家本人の病理に接近しながら、病跡学の対岸にある書と 感じた。

 研究の方向転換は著者自身の病状悪化と無縁ではなかった、と編者・吉川一義氏は言う。その病もまた作品を創(つく)ったのだ。著者自身の「病気と文学の関係」を解説する吉田典子氏のあとがきも必読である。

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 吉川一義編

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