2008年4月25日金曜日

asahi shohyo 書評

恐竜はなぜ鳥に進化したのか [著]ピーター・D・ウォード

[掲載]2008年04月20日
[評者]瀬名秀明(作家、東北大学機械系特任教授)

■薄い酸素濃度の中、生き延びようと

 近年、生命進化や私たちの健康に関して、酸素の果たす役割が熱い注目を集めつつある。酸素は近くの物質とたちまち反応して錆(さ)びつかせる性質 があり、もともと生物にとっては危険きわまりない猛毒であった。しかしその反応性の高さゆえに大きなエネルギーを生み出せる。その酸素を取り込むエネル ギープラントとなったのが、私たちの体内でも活躍しているミトコンドリアだ。私たちの祖先はミトコンドリアと共生することで好気性生物への道を進み、酸素 と闘いながら多くのエネルギーを得て動き、考え、やがて海から陸へと上がっていった。しかしいまだ酸素は危険な物質であり、体内で活性酸素となって私たち の病気や老化を引き起こす。

 本書は恐竜が鳥に進化した理由だけを書いた本ではない。地質学や古生物学などさまざまな成果から地球の歴史を振り返り、海中や大気中の酸素濃度が これまで劇的な変化を続けてきたことを示し、そのような環境が生物の体の設計図(ボディー・プラン)に多大な影響を与えてきたことを述べているのだ。鳥類 は人間よりはるかにエネルギー変換効率のよいミトコンドリアを持つ。だが古生物学者である著者は鳥の効率のよい気嚢(きのう)のかたちに着目し、当時の大 気酸素濃度が薄かったため、その過酷な環境で生き延びようとした鳥類の姿を見る。

 ミトコンドリアと酸素の視点から生命進化について詳細な考察を試みた本にニック・レーン『ミトコンドリアが進化を決めた』があるが、本書『恐竜 は…』がおもしろいのは細胞レベルよりも生物のボディー・プランを重視して、酸素を吸って吐く器官の構造に焦点を当てていることだ。エラや軟体動物の殻の 形状がどのようにしてできたのか。イカ、二枚貝、ホヤ、昆虫などの呼吸システムが当時の環境に応じてどのようにつくり上げられたのか。どうして温血動物が 生まれたのか。著者は地球史に沿って検討を重ねてゆく。邦訳版に付された図表も理解を助ける。

 レーンの本との併読がお勧め。生命進化の驚異の歴史をより立体的に楽しめる。

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 Out of Thin Air

 垂水雄二訳、川崎悟司イラスト/Peter Douglas Ward ワシントン大教授。

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