2008年4月3日木曜日

asahi shohyo 書評

エデンの東 [著]ジョン・スタインベック

[掲載]週刊朝日2008年04月04日増大号
[評者]温水ゆかり

■"映画はほんの一部"のエンタメ小説

 新訳。未読の方は驚いて下さい。映画はほんの一部。原作がこれほど面白い大河小説だったとは。J・ディーンに罪はないが、長いこと詐欺にあってたようなもんである。

 アイルランドからやってきたハミルトン家の初代がサリーナス盆地の最も痩せた土地に住みつく。トラスク家の二代目が新妻を連れてこの地に降り立 ち、父の遺産で最も肥えた土地を買う。ここが物語の時間軸の合流点。以後この地を舞台に、子沢山のハミルトン一家、出産したばかりの新妻が双子を棄てて出 奔するトラスク家と、両家の興亡を並行的に描く。米文学の永遠のテーマである父と息子の対立、トラスク家の二世代に響かせた聖書カインとアベルの物語(兄 弟間の嫉妬と殺し)。トラスク家の三代目を描くのが映画で、ハミルトン家の三代目が作中に顔を出す作者自身。作者はこれを書くために自分は生まれたという 意味のことを言っていて、僭越(せんえつ)ながら言っていいと思う。

 双子の母が凄まじい。怪物、悪女ものの原型。我が国の最近では『白夜行』とか『幻夜』。スタインベックさん、たいしたエンタメ作家でもあった。ラスト近くには9・11で再読された最晩年の米国論『アメリカとアメリカ人』の胚胎も。

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 土屋政雄訳

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