2008年4月15日火曜日

asahi shohyo 書評

理性の奪還—もうひとつの「不都合な真実」 [著]アル・ゴア

[掲載]2008年04月13日
[評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■恐怖を悪用した政権への痛烈な批判

 著者はアメリカ合衆国元副大統領、2000年の民主党大統領候補、そしてノーベル平和賞受賞者である。前著『不都合な真実』で地球温暖化に警鐘を鳴らし、本書ではアメリカ政治の現状を告発する。色々な読み方が可能だが、ここでは三つの視点を紹介する。

 第一の側面はブッシュ政権に対する痛烈な批判である。とくに政権が事実を捻(ね)じ曲げてイラク戦争に突進し、「テロとの戦争」の名目で個人の自 由をさまざまな形で侵害してきた点を容赦なく批判する。「明らかに現ブッシュ政権は、政治プロセスを操作するために恐怖を悪用したのだ」

 しかしこうした現象を民主主義に対する脅威という、より大きな文脈でとらえる。著者が強調するのは、特殊利益から大量の政治資金を調達した団体や 候補者が流すテレビ広告が、いかに大きくアメリカの政治を歪曲(わいきょく)しているかである。30秒のテレビ広告こそが科学に対する、そして何より「理 性に対する攻撃」(本書の原題)なのだとゴアは主張する。

 そして、民主主義を奪還し、再活性化するための方法として、インターネットの重要性を強調する。著者によれば、インターネットがテレビと大きく異 なる点は、政治資金のある側から一方的に情報が流されるのではなく、個人が自分の意見を容易に公開できることである。それは、思想の新たな自由市場を提供 する。市民が確実にインターネットで結ばれていることが極めて重要であるのは、このためである。これが本書の第二の、そしてより普遍的重要性をもつ論点で ある。ちなみにインターネットの普及は環境問題と並び、著者が好んで「クリントン=ゴア政権」と呼ぶ政権の副大統領として熱心に取り組んできた政策でも あった(と著者は少し自慢する)。

 さらに本書では、例えばブッシュ政権の大型減税について「国民の財産を奪い、それを富裕な特権階級に可能な限りあてがおうとするアメリカ史上例の ない過激なもの」と断ずる。ブッシュ大統領の政策は彼の右翼的なイデオロギーに基づくものであり、経済的保守派、外交タカ派、そして宗教的保守派によって 支持されるものだ、というのである。しかしながら、税金の水準については多くの国において、小さな政府と大きな政府の思想の間で論争が続いており、どちら かが絶対的真実を独占するとは言い難い。本書は完全に民主党の立場に立つもので、党派的な性格が強い。これが第三の視点である。すなわち本書から、アメリ カ政治における激しい政党対立の現実を見てとることもできる。

 周知のように、本年の民主党の大統領公認候補選びでは、オバマ、クリントン両上院議員の熾烈(しれつ)な争いが続いている。著者が仲裁に乗り出す 可能性も指摘されており、またオバマ候補は著者を閣僚に迎えたい旨を発言した。どうも著者はまだ現実政治からそれほど超然としているわけではなさそうだ。 ただし、オバマ候補が乗り越えようとしているのは、まさに右で指摘した熾烈な政党対立であることにも留意する必要がある。

    ◇

 竹林卓訳/Al Gore 48年生まれ。ビル・クリントン政権の副大統領。07年、ノーベル平和賞を受賞。

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