2008年4月9日水曜日

asahi shohyo 書評

イスラームの人間観・世界観—宗教思想の深淵へ [著]塩尻和子

[掲載]2008年04月06日
[評者]小杉泰(京都大学教授・現代イスラーム世界論)

■思想家の苦闘をたどり、共存を説く

 イスラームは14世紀にわたる文明の歴史を持ち、その間に多様な宗教思想を展開してきた。昨今は、政治や紛争にかかわるニュースに関心が集まるが、言うまでもなく、それはイスラームのごく一部分の話題に過ぎない。

 ところが、もっと基本的な人間観や世界観、自然観はどうなっているのだろうかと思うと、意外に手頃な入門書が少ない。本書は、やや専門性が高いものの、イスラーム神学を専門とする著者が、原典を読みながらイスラームの根本を論じてきた成果をまとめた好著となっている。

 神学はアラビア語でカラームと呼ばれるが、これはもともと議論を意味する。思想家たちがあれこれ自説を立て、論争し、解釈を競う学問である。著者 は、イスラーム神学の形成期であった西暦8〜12世紀ごろの主要な学派について、重要な思想家たちを取り上げながら、イスラームの倫理観や世界観の構造を 明らかにしていく。

 たとえば、理性主義の学派がどのように厳しい倫理観を打ち立てたか、宿命的運命論と人間の自由意思という矛盾をめぐっていかなる論議があったか、神が不断に創造を更新し続けるという原子論的宇宙論など、イスラーム神学が格闘した難問が紹介されている。

 その一方、イスラームがユダヤ教、キリスト教と兄弟宗教である点に着目して、3者の比較や相関からイスラームが論じられている。さらに、古典期の イスラーム神学者たちが、公正な目でキリスト教を理解していたことなどを紹介し、現代においても三つの宗教が協働すべきことを訴えている。

 著者は古典を研究しながらも、現代の宗教状況に対して強い問題意識を持ち、宗教共存の立場から発言を続けてきた。夫の仕事のため30代の終わりに なってからようやく学究生活に入ったというが、それまでに現代の中東社会をじっくり見る機会を得たことがプラスとなったと思われる。時代を超える議論に は、本来危うさもつきまとうが、本書の立論は非常にバランスが取れている。

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 しおじり・かずこ 筑波大特任教授。著書に『イスラームを学ぼう』ほか。

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