文学鶴亀 [著]武藤康史
[掲載]2008年03月30日
[評者]巽孝之(慶應大学教授・アメリカ文学)
■「批評は文学への愛」を実感
広く「年譜のおじさん」として知られる文芸評論家が、ここ20年ほどのあいだに新聞雑誌に発表したコラム集。世に蔵書家、愛読家は少なくないが、 彼が唯一無二なのは、敬愛する文学者の人生や作品をくまなく調べ上げ、たちまち詳細な伝記兼書誌目録を作り上げてしまうことだ。
だが本書からうかがわれるのは、必ずしも伝統的なビブリオマニアにとどまらず、映画や朗読CDまでをも対象に粋な論評を加える、一流のメディア ジャーナリストとしての顔である。書名のゆえんである里見とんから始まり、久保田万太郎や吉田健一、大西巨人に紅野敏郎、そして劇作家・平田オリザへ続く そうそうたる並びのなかで、田中康夫を現代の花柳小説家と喝破してみせる慧眼(けいがん)。俵万智や安東美保といった歌人たちを評価し、矢田津世子が女性 作家であるがゆえに受けた仕打ちを抉(えぐ)り、その文脈でアメリカ作家ゼルダ・フィッツジェラルドやシリ・ハストヴェット(ポール・オースターの妻)の 位置をも考察していく、洞察に満ちた筆致。読者はまずまちがいなく、批評が文学への愛であることを実感し、それをいとも典雅な日本語で読めることの幸福感 に包まれることだろう。
|
0 件のコメント:
コメントを投稿