2009年6月2日火曜日

asahi shohyo 書評

空海 塔のコスモロジー [著]武澤秀一

[掲載]2009年5月31日

  • [評者]酒井順子(エッセイスト)

■なぜ私たちは高い建物が好きか

 「塔」とはもともと、仏教用語であること。多宝塔もしくは大塔と呼ばれる、白い球面に和風の屋根をかぶせた塔は、日本独自のものであること。そこから本書は、始まります。

 大塔をデザインし、高野山に建造したのは、空海でした。ではなぜ空海は、大塔を発想するに至ったか。建築家である著者は、イン ド、中国、そして日本の様々な塔を巡ることによって、空海の思想が大塔へと至った道筋を、平易な文章(これがありがたい)で解きあかしていきます。

 舎利が収められた建築物が塔であるわけですが、インドにおいては、インド土着の思想が含んでいた生命的・性的イメージと合わさ り、卵のような半球体の塔が造られました。が、中国ではその生命や性のモチーフとしての半球が避けられ、塔が細長くなっていった。さらに日本では、もとも とあった巨木信仰と塔とが合体し、さらに細長い五重塔に……。

 そこで空海は、インドで塔が持っていた生命的・性的なエネルギーを取り戻すために、日本において大塔をデザインしたのではない かと、著者は考えるのです。現存する唯一の古建築の大塔である根来寺大塔の写真を見ると、黒い瓦屋根の下に露出している白い半球部分(亀腹という)は、な まめかしく膨らんでいます。建築物とは人の思想が具現化したものであり、とするならばこの大塔を見た時の感覚は、空海という人に会った時の感覚とも似るの では、と思えてきます。

 仏塔のみならず、なぜ私たちは高い建物が好きなのか、ということを考えさせられるこの本。仏教における塔は、そこが宇宙の中心であり源であることを表し、人々が塔の周囲を回ることによって、世界との一体感を得るのだそうです。

 だとしたら、今を生きる私たちが東京タワーに引き寄せられるような気持ちになるのも、やはり中心や源を求める気持ちからなのでしょうか。とはいえそれは、「宇宙の」ではなく、電波の源でしかないわけですけれど……。

    ◇

 たけざわ・しゅういち 47年生まれ。建築家。著書に『法隆寺の謎を解く』など。

表紙画像

空海 塔のコスモロジー

著者:武澤 秀一

出版社:春秋社   価格:¥ 2,310

表紙画像

法隆寺の謎を解く

著者:武澤 秀一

出版社:筑摩書房   価格:¥ 861

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