2009年6月24日水曜日

asahi shohyo 書評

マッカーサー [著]増田弘

[掲載]2009年6月14日

  • [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■日本占領への先入観も浮き彫りに

  マッカーサーについてはこれまで多数の研究の蓄積がある。本書の特徴は、フィリピン時代に遡(さかのぼ)ってマッカーサーを説き起こしていることである。 とくに、彼とフィリピン脱出などの行動をともにした「バターン・ボーイズ」と呼ばれる一群の部下たちにも目配りし、彼らから見たマッカーサーについて詳し く記述してある。必然的に、マッカーサーの公的な部分だけでなく、私的で人間的な部分について、多数の重要な洞察が散見される。

 さらに本書はフィリピン時代を観察することによって、日本占領についてマッカーサーが抱いたこだわりや先入観などを浮き彫りにすることにも成功している。ちなみに、ウィロビーを筆頭に多数のバターン・ボーイズは日本占領にも関与した。

 本書によると、マッカーサーは目下であっても見知らぬ人との会食を嫌う、きわめてシャイで非社交的な性格の持ち主であった。同 時に、強い信念と自信、矜持(きょうじ)の持ち主であり、批判に対して過剰に反応する傾向があった。先入観に基づいた行動も数多く、成功も収めたが、それ ゆえの失敗もあった。ただ、彼はしばしば両方の可能性に備えて保険をかけることを忘れず、最後の瞬間に豹変(ひょうへん)した。それが意外に長く、大統領 や軍首脳と最終的な衝突を避けられた理由でもあった。

 しかし、冷戦状況の中で起きた朝鮮戦争はマッカーサーの理解を超える部分があった。彼は、自らが作り上げた日本の平和憲法体制に矛盾する政策を容認することはできず、その結果として大統領になる夢を果たせず、任半ばで解任された。

 本書はマッカーサーを、その限界も適切に批判しつつ、基本的に評価している。産業復興を優先した西ドイツ占領より、マッカー サーの下での日本占領は衛生面や食糧難への対応など、かなり人道的であった。それは彼自身、日本人への関心、人間への関心を強くもっていたからであるとの 指摘も興味深い。

 伝統的な手法である伝記的研究の強みが十分発揮された書である。

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 ますだ・ひろし 47年生まれ。東洋英和女学院大学教授。『自衛隊の誕生』など。

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