2009年6月1日月曜日

asahi shohyo 書評

もっと本を!!再読ガイド

「もっと本を!!再読ガイド」は、朝日新聞の土曜朝刊に挟み込まれてくる別刷り紙面「be」に掲載しています。この記事の下部から、書籍の購入ページへ飛ぶこともできます。

城の中のイギリス人 [著]マンディアルグ

[掲載]2009年5月30日朝刊be

■加虐の共犯者になる読後感

 この破廉恥きわまりないポルノグラフィーを、かつて私は序盤の3分の1ほどまで固唾(かたず)をのんで読んでいた。

 澁澤龍彦が、68年に「エロティシズムと残酷の総合研究誌」と銘打って責任編集した雑誌「血と薔薇(ばら)」に載せたその部分の本邦最初の日本語訳を、後に作者、マンディアルグのエッセー集「ボマルツォの怪物」に再録していたのをたまたま読んでいたのだ。

 フランスの作家のマンディアルグ(1909〜91)が偽名で53年に秘密出版したこのシュールレアリスム小説の主人公は、モン・サン・ミシェルのような洋上の要塞(ようさい)にひきこもっている。

 その男は、誘拐してきた貴婦人や生娘を、想像を絶するやり方で次々となぶりものにし、射精できなくなったら要塞を大爆発させると脅しつける。背徳を高貴へすりかえる倫理的な錬金術の実験が、とめどなくエスカレートしていくかのような奇書である。

 82年に世に出た全訳の新装版で今回、初めて読み終えた結末は、『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクターも失禁しそうなほど、おぞましかった。加虐の共犯者になる悦楽と悔恨が入り交じった読後感が尾を引く。(保科龍朗)

■もっとはまりたい人へ 書店員のおすすめ

 リブロ池袋本店(一般書担当) 矢部潤子さん

〈1〉一九三四年冬—乱歩 [著]久世光彦

〈2〉蜜のあわれ/われはうたえどもやぶれかぶれ [著]室生犀星

 青山ブックセンター六本木店(文芸担当) 間室道子さん

(3)侍女の物語 [著]マーガレット・アトウッド

(4)快楽の館 [著]アラン・ロブグリエ

(5)イメクラ [著]都築響一

 マンディアルグは『城の中——』の序文で、「最悪のものとたわむれることのできる知的特権」を授かっている作家は「たまには地獄の安全弁を吹っとばしたほうがいい」と書く。

 『城の中——』も安全弁がぶっ壊れている。「自由奔放に言葉遊びを楽しむように書かれていて読みやすい」と矢部潤子さんはいう。

 奔放な書きっぷりで、マンディアルグに引けを取らないのが〈1〉。スランプに陥った江戸川乱歩がホテルにこもり、耽美(たん び)的な小説「梔子(くちなし)姫」を書くという設定の小説で、入れ子のような作中作になっている「梔子姫」は「乱歩になりきって自由に筆を走らせてい る」(矢部さん)。当の乱歩では『孤島の島』が、同性愛や人体改造などの題材を盛りこみ、安全弁がぶっ飛んだグロテスク探偵小説の傑作だ。

 室生犀星の晩年の小品の〈2〉も筆になんの抑制も働いていない。老作家と、金魚が化身した少女の対話だけで成り立っている妖(あや)しいファンタジーだ。

 〈3〉は、「性愛」という主題の最悪のバリエーションに思える近未来小説。男性優位社会で虐げられる女性は、エリートに支給される「子を産む道具」にすぎない。化粧も禁じられ、監視と処刑の恐怖におびえている。

 昨年、他界したヌーヴォー・ロマンの旗手、ロブグリエの〈4〉は香港が舞台。スパイが暗躍する三文小説風活劇のなかで、「女のセクシュアルなイメージが次々と立ち現れ、それを読み取る行為がだんだん快感になる」(間室道子さん)。

 そんなエロチックな幻覚発生装置ともいえる性風俗のイメクラの写真集の〈5〉は、まさに倒錯のカタログである。

表紙画像

城の中のイギリス人

著者:アンドレ・ピエール・ド マンディアルグ

出版社:白水社   価格:¥ 3,360

表紙画像

一九三四年冬—乱歩

著者:久世 光彦

出版社:新潮社   価格:¥ 500

No image

侍女の物語

著者:マーガレット アトウッド

出版社:早川書房   価格:¥ 1,155

表紙画像

快楽の館

著者:アラン・ロブ=グリエ

出版社:河出書房新社   価格:¥ 924

表紙画像

イメクラ:Image Club

著者:都築 響一

出版社:アスペクト   価格:¥ 2,100

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