思考する言語—「ことばの意味」から人間性に迫る(上・中・下) [著]スティーブン・ピンカー
[掲載]2009年6月14日
- [評者]尾関章(本社論説副主幹)
■言葉の魔力は世界を覆うのか
半クエスチョンともいわれる語尾上げの会話がふえて久しい。英語圏でも同様で「標準的アメリカ英語の中立的な特徴になりつつある」という。
米国の学者が書いた、英語の文例たっぷりの言語学の本が日本でも通用するのかという懸念は、こうした話に触れると和らぐ。「聞き手の注意と承認を確認する」今日流の話法は、感染爆発か同時多発かもしれない。
人は生まれながらに言語の操り方を身につけているのか。これは学界でも論争の的だ。生得的な普遍文法があるとするチョムスキーの説が有名だが、著者も生まれながら派といえよう。
カントにならって「人間の経験を組織化する一連の抽象概念の枠組み」を生得的ととらえ、空間や時間、因果などの概念が、人類共通の「思考の言語」をかたちづくるとみる。
この本に日本の読者の多くが共感すれば、普遍の度合いが高いことになる。
思考の言語の考察は、おおむね納得がいく。たとえば、時間が空間の言葉を使うメタファー(暗喩<あんゆ>)で語られること。「過去は後ろに、未来は前に」という方向感覚がしっくりくる。
気になるのは、科学との相性の悪さだ。人間は物事の因果を「力のダイナミクス」でとらえ、「飛んでいるボールは、力によって押されている」と思いがちだという。この直観は、ものは力なしで動き続ける、という慣性の法則に反する。
そうか、だから科学を数式なしで語るのは難しいのか。科学記者は、言語の深層に踏み込んで最適の表現を探さなくてはなるまい。その決め手は類推やメタファーだという。熱の移動を滝の水に、温度差を高度差にたとえるような見立てである。
後段では、人間関係術にも話が及ぶ。男性が女性に露骨に言い寄ればワインを浴びせられかねない。では「僕が集めてるエッチングを見にこない?」と誘ってみたら——という思考実験も試みている。あいまいさが柔らかな拒絶の道を残す。
間接表現の効用も、洋の東西を問わないということか。
言語の魔力は世界を覆う。
◇
幾島幸子・桜内篤子訳/Steven Pinker 米国の心理学者。
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著者:スティーブン ピンカー
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