2009年6月14日日曜日

asahi shohyo 書評

海底二万里 [著]ジュール・ベルヌ

[掲載]2009年6月13日朝刊be

■冒険心そそる科学的想像力

 子どもの冒険心をそそり、世界に目を向けさせる機会を与えた点で、フランスのジュール・ベルヌ(1828〜1905)ほどの作家はいないのではないか。

 ネモ(だれでもない)という名の不思議な船長が指揮する潜水艦ノーチラス号で、海の中を縦横に航海する。1870年発表のこの 冒険物語に夢中になった人は多いだろう。改めて読み直すと、10カ月にわたる世界周航の起点が日本から約500キロ南の太平洋、つまり駿河沖で小笠原諸島 の北西だと気づき、ますます愛着を感じる。

 海底に散らばる沈没船の財宝、ヤシの実ほどもある大きな真珠、大ダコとの戦い、欠乏する空気との闘い。何度読んでも興奮するのは、そこに具体的な数字や科学的な説明があるからだ。単なる空想でなく、現実に自分がそこにいるかのような錯覚を感じる。

 今回の改訂新版発行は他に『十五少年漂流記』『気球に乗って五週間』『チャンセラー号の筏(いかだ)』の3冊がある。チャンセラーは漂流物語だ。

 いずれもワクワク、はらはらしながら勇気がわく。電車の中でゲームに没頭している若者に読ませたい誘惑に駆られる……。(伊藤千尋)

■もっとはまりたい人へ 書店員のおすすめ

 丸善丸の内本店(ブックアドバイザー) 小松原敏博さん

〈1〉ジュール・ヴェルヌの世紀 [監訳]私市保彦

〈2〉海賊モア船長の遍歴 [著]多島斗志之

 ジュンク堂池袋本店(文芸書担当) 山本千秋さん

〈3〉地底旅行 [著]ジュール・ベルヌ

〈4〉ダイヤモンド・エイジ(上・下) [著]ニール・スティーブンスン

〈5〉奇想科学の冒険 [著]長山靖生

 「ベルヌと彼の生きた科学と冒険の時代を描く、ベルヌ好きにも歴史好きにもお薦め」と小松原さんが言うのが〈1〉だ。山本さん も推す。ふんだんな挿絵や写真を見るだけでも楽しく、文章は知的好奇心を誘う。「われわれが目にする美は、知識にひたされる時、さらに千のきらめきを帯び て光り輝く」と序文にもある。

 ベルヌは海底に、空中に、宇宙にと空想をめぐらせたが、中でも〈3〉は「誰も想像しない地球の内部への旅という想像を絶する世 界を描いたこの小説こそセンス・オブ・ワンダーが詰まっている」と、山本さんが興奮して薦める。この地中に空洞があって湖があり恐竜もいると思えば確かに 探検心をくすぐる。

 ベルヌが描いたのは19世紀だったが、〈4〉は「21世紀を代表するSF」(山本さん)だ。ナノテクが発達した近未来を描いた小説で、ヒューゴー賞、ローカス賞を受賞した佳作である。

 もちろんベルヌのような小説ではなく、実際に夢想した人も世界に多い。近代日本で奇想天外な発想をした人々を記したのが〈5〉だ。地球は平面だと信じて「科学的」に説明した学者、人間的なロボットの製作に燃えた植物学者など、常識からははみ出した人々が登場する。

 史実に基づくなら、この冒険活劇だとばかり、小松原さんが持ち出したのが〈2〉だ。18世紀の海賊を描いた。海賊といえば親分 子分の上下関係と思われているが、実は「平等の権利と公平な分配」を旨とした。船長は投票で決め、不適任と判断されれば投票で解任される「民主主義社会」 だった。まさに「小説より奇なり」な、こうした事実を盛り込んだ小説である。

表紙画像

海底二万里 (集英社文庫)

著者:ジュール ヴェルヌ

出版社:集英社   価格:¥ 900

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十五少年漂流記 (集英社文庫)

著者:ジュール ヴェルヌ

出版社:集英社   価格:¥ 920

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気球に乗って五週間 (集英社文庫)

著者:ジュール ヴェルヌ

出版社:集英社   価格:¥ 800

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チャンセラー号の筏 (集英社文庫)

著者:ジュール ヴェルヌ

出版社:集英社   価格:¥ 630

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ジュール・ヴェルヌの世紀—科学・冒険・"驚異の旅"

著者:フィリップ・ド・ラ コタルディエール・ジャン=ポール ドキス

出版社:東洋書林   価格:¥ 4,725

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海賊モア船長の遍歴 (中公文庫)

著者:多島 斗志之

出版社:中央公論新社   価格:¥ 940

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地底旅行 (角川文庫)

著者:ヴェルヌ

出版社:角川グループパブリッシング   価格:¥ 620

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ダイヤモンド・エイジ〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

著者:ニール スティーヴンスン

出版社:早川書房   価格:¥ 882

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ダイヤモンド・エイジ〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

著者:ニール スティーヴンスン

出版社:早川書房   価格:¥ 882

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