2009年6月2日火曜日

asahi shohyo 書評

丸山眞男話文集 全4巻 [編]丸山眞男手帖の会

[掲載]2009年5月31日

  • [評者]苅部直(東京大学教授・日本政治思想史)

■変革への関心と認識楽しむ構え

  戦後日本の知識人の代表格であった政治思想史家、丸山眞男が亡くなって、もう十三年にもなる。その没後に、講義録、書簡集、回顧談と、生前は活字になって いなかった作品や談話の刊行があいついだが、この本もまた、丸山が遺(のこ)した談話・講演の録音や講義草稿を、数多く集めたものである。これほどまで、 没後にその言葉が新たに公刊される思想家も、最近では珍しい。

 一つには、本人の寡作のせいもあるだろう。収められた談話でも、完璧(かんぺき)主義による遅筆ぶりを、自嘲(じちょう)しな がら語っている。とりわけ、一九七〇年代以降には、学問上の論考をほとんど書かなくなったので、ここに収められた多くの資料が、人生の最後の時期に何を考 えていたか、その一端を教えてくれる。もちろん、当人の推敲(すいこう)をへた文書ではないので、思想研究に用いるには注意を要するにせよ。

 「正統」や「真理」にひたすらこだわる姿勢が、日本の思想に乏しいのはなぜか。多極化と重層化が進む国際世界での、新たな秩序 のあり方。ポストモダン思想の安易な流行に対する批判。福沢諭吉の「脱亜論」をどう位置づけるか。こうした晩年の考察については、すでに公開されている座 談会や書簡からもうかがえるが、まとまった議論の形で読めるようになった意義は大きい。

 しかし、もっとも迫力があるのは、広島市郊外の陸軍船舶司令部で、原爆の投下にであった体験をめぐる回想だろう。丸山は、日本 に限らず戦後の人々が、原爆を単に巨大な爆弾としてしかとらえないことに、激しく憤る。「長期患者あるいは二世の被爆者が、今日でも白血病で死んでいると いう現実を、一体、どう説明するか。……いわば、毎日原爆が落ちているんじゃないか」。核兵器が人間の生存そのものにもたらす、深い傷の痛み。

 その他面で、広告で用いられるカタカナ語や、戦前のチャンバラ映画の細部について、実に楽しそうに例をあげて語っているくだり も、味わい深い。大学生を相手にした対話では、「純粋な知的好奇心」が学問に必要だと述べている。それは、研究の社会にむけた意味を問う視点からすれば、 一種の頽廃(たいはい)であろうが、「デカダンスはかなわんと言う倫理主義者、まじめ主義者には学問は向かない」。

 社会をよりよいものに変えようとする深い関心と、現実をとらえる営みそれ自体を楽しむ構えと。認識と実践との緊張関係と呼べば、窮屈になってしまうだろう。二つの態度がぶつかりあう手前のところで、丸山は両者のあいだを往復しながら、生き生きと考え、語っている。

 戦後の日本社会では思考の「セメント化」が進み、終戦直後にあった活発な批判精神が失われたことを、丸山はくりかえし嘆く。書かなくなったのは、ジャーナリズムとアカデミズムの双方が、しだいに息苦しいものに変わっていったせいもあるだろう。そんな思いにもとらわれた。

    ◇

 まるやま・まさお 1914〜96年。政治思想史家・政治学者。著書に『日本政治思想史研究』『現代政治の思想と行動』『日本の思想』、『丸山眞男講義録』全7巻など。

表紙画像

表紙画像

丸山眞男話文集 2

出版社:みすず書房   価格:¥ 4,830

表紙画像

丸山眞男話文集 3

著者:丸山 眞男

出版社:みすず書房   価格:¥ 5,040

表紙画像

丸山眞男話文集 4

著者:丸山 眞男

出版社:みすず書房   価格:¥ 5,040

表紙画像

日本政治思想史研究 新装版

著者:丸山 眞男

出版社:東京大学出版会   価格:¥ 3,780

表紙画像

日本の思想

著者:丸山 真男・丸山 眞男

出版社:岩波書店   価格:¥ 735

表紙画像

丸山眞男講義録 (第1冊)

著者:丸山 眞男

出版社:東京大学出版会   価格:¥ 3,360

0 件のコメント: