2009年6月2日火曜日

asahi shohyo 書評

ルネサンス 料理の饗宴(きょうえん)—ダ・ヴィンチの厨房(ちゅうぼう)から [著]デイヴ・デ・ウィット

[掲載]2009年5月31日

  • [評者]高村薫(作家)

■レシピから500年前の味を想像

  中世からルネサンスへ、人間の意識や生活感を大きく変えていったのは、ひょっとしたら古代ギリシャ・ローマへの憧憬(あこがれ)よりも、「食」だったのか もしれない。学校ではそんなふうには教わらなかったが、ルネサンスが人間の復興なら、食べることの悦(よろこ)びが一番に来てもおかしくはないし、何より イタリア人には食が似合う。そしてそうであるなら、同時代を生きた、かのダ・ヴィンチだって!

 十五世紀、アラビアや新大陸から入ってくる新しい野菜、果物、穀物、香辛料が、イタリアの食と料理を目覚めさせた。もちろん、 革新はまず教皇や貴族の宴会で始まったのだが、ほかのヨーロッパ圏では未(いま)だ鳥獣を煮たり焼いたりするだけの中世の食卓が続いていた時代に、イタリ アではミラノ風リゾットが生まれ、ジェラートが生まれ、多彩なパスタとハーブソースが生まれていたのである。

 また、史上初の料理本が印刷されたのもこの時期のイタリアであり、その本はダ・ヴィンチの書斎にもあった。料理人ではない一般男性が料理本を読む? それだけで、食に並々ならぬ意識が向いていた時代の空気が分かろうというものである。

 では、ダ・ヴィンチはいったいどんな料理を食べていたか。たとえば「パセリ、ミント、タイム、酢、塩少々」といった手稿のメモ は、ドレッシングのレシピだと言われている。買い物リストには卵、豆、メロン、マスタードなども記されている。健康オタクで、好物はトスカーナ風ミネスト ローネ。しかしもちろん、ワインは嗜(たしな)んだ。

 一方、貴族たちはこれでもかと美食の悦びを爆発させたが、たとえばフランス王に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスも、アーティ チョークに目がない大食家だったのだとか。著者は、料理史においてレシピ以上に重要な資料はないことから、当時の料理本に残されたレシピをいくつも本書に 載せている。その材料を一つひとつ眺めて、いまはない五百年前の味を想像するうちに、たしかにルネサンスを味わったような気がしてくる。ああ満腹! とい う本である。

    ◇

 須川綾子・富岡由美訳/Dave DeWitt 米国の作家、編集者、スパイス研究家。

表紙画像

ルネサンス 料理の饗宴—ダ・ヴィンチの厨房から

著者:デイヴ・デ・ウィット

出版社:原書房   価格:¥ 2,520

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