早世の天才画家 [著]酒井忠康
[掲載]2009年6月7日
- [評者]横尾忠則(美術家)
■短い生を燃焼しつくした12人
夭折(ようせつ)の画家は、なぜか天才の呼称を付与されることが多い。『早世の天才画家』には享年43歳の小出楢重を筆頭に、岸田劉生38歳、村山槐多 22歳、関根正二20歳など、計12人の画家の人生と芸術(必ずしも混同されない)が論じられている。驚くことに日本の近代絵画を代表する約半数が夭折の 画家だ。
彼らの残した作品のすべては未完である。にもかかわらず、その後の絵画史に決定的な影響を残した。もし彼らが延命していたら? と想像することは意味がない。彼らはあたかも自らの寿命を予知していたかの如(ごと)く、短い人生を激しく燃焼し尽くして駆け抜け、その代償として天才 の名をほしいままにした。
とはいうものの、著者は死者を語るにある種の気の重さを吐露すると同時に「画家の身の丈ではかる尺度を無視して」いるのではと自戒の念を込めて良心に問いかけるが、つきつめれば結局無視せざるを得ないのではないだろうか。
生の途上で突如切断された生。そこを起点に論じられる死者の不満を別にしても、彼らは彼岸の星の視点から此岸(しがん)を観測 するしかなく、その彼らの視線を背後に感じつつ著者は、この寸善尺魔の現世で天体望遠鏡ではなく「猫背の視角」をとりながら「画家のむこうに歴史」の痕跡 を採集する、そんな姿が浮かぶのである。
芸術家である以上、無意識に誰しも一度は夭折に憧(あこが)れるものだ。私もその一人だった。29歳の時、自死を主題にした作品を作り、死亡通知を新聞に掲載、初めての作品集を「遺作集」と名付けた。
そしてその後の恥多き人生を足に重しをつけて、格子なき牢獄(ろうごく)の中をぐるぐると牛歩している。それが残された者のカルマと言わないまでも務めというものかも知れない。このような思いが、著者の言葉の数々を通じて読む者の毛穴の中に食い込んでくる。
『早世の天才画家』によって彼らが供養されたかどうかはあずかり知らぬが、ページをめくるたびに、苦き青春の香りと風が鼻先を掠(かす)めて走ってゆく。
◇
さかい・ただやす 41年生まれ。東京・世田谷美術館館長。著書に『若林奮』ほか。
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