精神科医はなぜ心を病むのか [著]西城有朋/精神疾患は脳の病気か? [著]エリオット・S・ヴァレンスタイン
[掲載]2008年03月30日
[評者]香山リカ(精神科医、帝塚山学院大学教授)
■「あいまいなことに不寛容」が背景に
私が精神科医になった今から二十数年前には、精神医療そのものが日陰者扱いだった。その後、心の病への社会の関心が急速に高まり、うつ病は「心の カゼ」とまで言われるまでに。しかし診察室にいると、患者さんの中に「カゼなら薬で治りますよね?」という人と「薬だけは絶対にイヤ」という人、極端に違 うふたつの考え方があることがわかる。前者を生物学的精神医学派、後者を人間学的精神医学派と呼ぶことができるが、これは精神医学の世界で起きている分裂 がそのまま反映されているとも言える。形勢優位なのは、前者の生物学派だ。
今回、取り上げた2冊は、日本の現場からの告発エッセーとアメリカの学者の研究書という一見、まったく違う体裁の本であるが、いずれも言わんとし ていることは同じ、「薬物療法にますます傾き、患者の"人生の問題"に時間を割けない現在の精神医療は病んでいる」ということだ。ヴァレンスタインの『精 神疾患は脳の病気か?』のほうでは、最近、主流になっている「精神疾患は脳の疾患である」という考え方やさまざまな仮説にも大胆にメスを入れ、それが虚構 である可能性を次々と指摘していく。なぜそのような事態になっているのか。それは、製薬会社の巨大な圧力が加わっていると著者はいう。
一方、日本の精神科医は、医師の厳しい労働状況や医療費抑制問題もあるとしながらも、精神科医の資質の低さも深刻、と手厳しい。薬物依存者やセク ハラ医師も多い、というくだりには素直にはうなずけないが、「まともな精神科医ほど過労うつに」といったくだりには思わず苦笑。
人間の心は複雑なのだから、その病気の原因もひとつには特定できないし、治療には時間もかかる。誰もがそうわかっているはずなのに、早急で経済効 率のよい解決を望んでしまう。その背後にあるのは「不確実であいまいなことに対し寛容でない時代」というヴァレンスタインの指摘は、精神医療関係者のみな らず多くの人の心に重く響くはずだ。
◇
『精神疾患——』功刀浩監訳、中塚公子訳

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