2008年7月16日水曜日

asahi shohyo 書評

アメリカ大統領の挑戦—「自由の帝国」の光と影 [著]本間長世

[掲載]2008年7月6日

  • [評者]久保文明(東京大学教授・アメリカ政治)

■戦争・平和への判断力をどう評価

  本書は、ウィルソンやF・D・ローズヴェルトらの大統領を中心に据えてアメリカ史を論じる。ただし、大統領だけに着目するのではなく、自由と平等、移民の 受容とそれへの反発、民主化とポピュリズム、そして19世紀における領土拡大と先住民の否定など、アメリカ史につきまとうさまざまな逆説ないし矛盾も強調 する。

 著者がいうように、大統領を中心に据えた政治史は最近の歴史学界ではめっぽう不人気な分野である。しかし、大統領の資質、とく に戦争・平和に関する判断力は多くのアメリカ内外の人々の運命に多大なる影響を与える。研究がし尽くされたわけでもない。むしろテロの脅威が引き続き存在 する時代において、今後ますます研究が必要とされる領域ですらある。

 ウィルソンもローズヴェルトも、主として国内政治での改革を自らの課題として大統領に就任したが、皮肉にもそれ以上にはるかに外交に気を取られ、また外交に専念することになる。彼らの評価もかなりの程度その外交政策に対する評価に基づいている。

 数多くのエピソードがちりばめられた本書を貫くテーマは、大統領と参戦問題である。ウィルソンによる第1次世界大戦への参戦は 苦渋の決断であった。彼にとって、正義は平和より貴重であった。しかし、戦争には勝利したが、数々の判断ミスがたたり、ウィルソンは国際連盟に加入できな かったことも含めて戦後の秩序形成に失敗する。

 ローズヴェルトはナチスの脅威を深刻に受け止めながらも、参戦には孤立主義的な世論の存在もあり慎重であった。これがリーダー シップの本来のあり方であったか、極めて微妙であると著者は指摘する。彼はまた、トルーマン副大統領らに十分重要な情報を提供していなかった。しかし、そ れにもかかわらず、トルーマンはウィルソンやローズヴェルトを上回る外交的成果を上げたとして、著者は彼のリーダーシップを高く評価する。

 著者によれば、「アメリカは、光の部分と影の部分を抱え、夢と悪夢が表裏一体となって歴史を刻んできた」。考えてみれば、光と 影を持つのはどの国も同じはずである。ただ、アメリカの場合、抱いた夢は壮大であるが、同時にその圧倒的国力と高い期待値ゆえに、悪夢も破壊的である。し かも、アメリカについて、一部の人はことさらに影の部分ばかりを強調するが、光ばかりを見ようとする人も少なくない。著者は過去の参戦を評価しつつ、現 ブッシュ政権とその下のアメリカを舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判する。

 「ブッシュ大統領の誤った信念に基づく対外政策と内政の失政によって、『唯一の超大国』アメリカの世界におけるイメージが深く 傷つけられたあとで、次期大統領の下でのアメリカは、いかにして自己を立て直して、各国と協調して人類共通の切迫した課題に挑戦し、責任あるリーダーシッ プをふるうことができるのか」。ブッシュ大統領が象徴するアメリカとは違うアメリカも存在する、それが著者が伝えたいメッセージでもある。

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 ほんま・ながよ 29年生まれ。コロンビア大学大学院などで学び、東大教授、東京女子大教授を経て、東大名誉教授(アメリカ史)。著書に『思想としてのアメリカ』など。

表紙画像

アメリカ大統領の挑戦

著者:本間 長世

出版社:エヌティティ出版   価格:¥ 2,520

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