2008年7月7日月曜日

asahi shohyo 書評

アイヌの歴史—海と宝のノマド [著]瀬川拓郎

[掲載]週刊朝日2008年7月4日号

  • [評者]永江朗

■まだアイヌについて何も知らないのだ

  国会で、アイヌは先住民だとする決議が可決された。これまで日本は単一民族・単一言語の国家だという神話があった。極端な言い方をすると、これまでアイヌ はいないもの、滅びたものとして扱われてきたのだ。だが現実にはアイヌをはじめ北方少数民族の人びとがいるし、中国系、朝鮮系の人びともいる。欧米系の人 びとも、アフリカ系の人びとも、ラテンアメリカ系の人びともいる。日本は多民族・多言語国家である。

 瀬川拓郎『アイヌの歴史』を読むと、私たちのアイヌ観がきわめて貧困であることに気づく。自然と共生する平和な狩猟採集民、そ んな理想化・パターン化されたアイヌ観は、ときに現代人が自分を反省するときの補助線になったが、必ずしも真実ではない。瀬川は考古学の成果をフルに活用 して、アイヌの歴史を再現しようとしている。アイヌは文字を持たなかったから、他民族による記録(アイヌについて記録しているのは「和人」だけでない)や 考古資料を使うしかないのだ。

 そこから見えてくるのは、アイヌ文化のおどろくべき多様性である。たとえば狩猟採集だけでなく農耕もしていたこと、けっして閉鎖的な集団ではなく、本州の和人とも、中国大陸とも、サハリンとも交易を行っていたことなどが考古学によって確かめられる。

 ショッキングなのは、アイヌ社会にも貧富の差、格差があったという事実である。持つ者と持たざる者の差は大きく、また、女性の地位も高くはなかった。

 富貴のしるしとなるのは「宝」である。宝を持った者が権力を持つ。その宝というのが、本州産の漆器や刀剣、中国製の衣服や織 物、ガラス玉など、アイヌ社会から見ると異文化のものだ。また、猛禽類の羽根も重要な宝であったらしい。宝はたんなる財産ではなく、アイヌ社会そのものが 宝の獲得をめぐって動いていたといっていいほどだ。著者はアイヌを「海と宝のノマド」と呼ぶ。

 私たちはアイヌについて、まだ何も知らない。

表紙画像

アイヌの歴史—海と宝のノマド

著者:瀬川 拓郎

出版社:講談社   価格:¥ 1,680

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