アウシュビッツの沈黙 [編著]花元潔、米田周/ホロコースト [著]芝健介
[掲載]2008年6月29日
- [評者]南塚信吾(法政大学教授・国際関係史)
■生命を愚弄した恥ずべき実例を直視
ホロコーストとは、元来ユダヤ教の祭りにおいて獣を丸焼きにして出した供物のことを指した。それが、現代ではナチス・ドイツによるユダヤ人などの大量虐殺 を意味する。このホロコーストについては、「冷戦」終了後に改めて研究が進んできた。日本では翻訳が多い中、日本人著者によるものが2冊出た。
『アウシュビッツの沈黙』は、ホロコースト生還者の「記憶」である。ポーランドで行われた聞き取りを、証言者の言葉のままに記 録した画期的なものとなっている。アウシュビッツ強制収容所での虐待・飢餓・大量虐殺についての生々しい「記憶」が語られる。とくに幼い子どもの「ゲルマ ン化」、ユダヤ人やロマの「人体実験」。そういう生還者もまだ差別されているのだ。語り手には、日本の被爆犠牲への共感もあるのか、率直な告白が胸を打 つ。
ところで、このホロコーストの原因や展開などの全貌(ぜんぼう)は意外に知られていない。『ホロコースト』は、ナチスがユダヤ 人大量殺戮(さつりく)を行うに至った思想、原因、経緯、そして実態と帰結を、最新の研究成果を踏まえて整理している。『アウシュビッツ』が犠牲者の「下 から」の眼(め)だとすれば、これはあえて「上から」の視線で見ている。芝は、ホロコーストは狂った独裁者ヒトラーが命令し実行したという単純なものでは ないという。
過激な人種主義を基礎に「非アーリア」人追放を掲げたナチスは、政権につくやドイツ国内からのユダヤ人やロマの追放を始め、 ポーランド侵攻の後は東欧への移送と「ゲットー化」を進めた。だが、ソ連侵攻以降、大量に抱え込んだ「非アーリア」人を処理できず、初めは現場主導の場当 たり的な大量虐殺を行ったが、独ソ戦が膠着(こうちゃく)化すると、絶滅収容所での計画的な大量殺戮をトップにおいて決定した。このような「試行錯誤」の 過程で600万人余の「非アーリア」人が殺戮されたのだ。
芝によれば、このホロコーストをめぐっては、長年「なぜ」それが起こったのかが論じられ、その責任主体はヒトラー個人か、ナチ 体制の構造そのものかが争われてきている。だが、最近は「どのようにして」それが行われたのか、また一般市民の態度はどうだったのかという関心が高まって いるという。
われわれ日本に住む者が、ホロコーストに関心を持つのは何故か。米田と花元は、強制収容所の歴史は、人類がその「生命を愚弄 (ぐろう)」した最も恥ずべき実例であり、これを見ずに今日を語ることは許されないと言う。とすれば、われわれはユダヤ人らに代えて日本軍が大戦中に「生 命を愚弄」した多くの人々を念頭に置かねばならない。芝は、第2次世界大戦前後のヨーロッパ全体の構造的・文化的共通性の中でこれを考える必要があると言 う。だが、日本軍の隣国での虐殺行為、世界各地の強制収容所、アメリカの原爆投下などを含めた、生命と暴力の問題を共通にする「第2次世界大戦期の世界」 の歴史として、ホロコーストを位置づける時期に来ているとも言えよう。
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『アウシュビッツ——』はなもと・きよし 53年生まれ。よねだ・ちかし 42〜01年。
『ホロコースト』しば・けんすけ 47年生まれ。東京女子大教授。
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