2008年7月17日木曜日

asahi shohyo 書評

ロマン・ロラン『魅せられたる魂』 山崎朋子(上)

[掲載]2008年7月13日

■死の縁にあった私を引きとどめてくれた

 ロマン・ロランの『魅せられたる魂』は、死の縁にあったわたしを、この世に引きとどめた長編小説である。

 1958年、わたし26歳。

 その年の初夏の夜、わたしは、今でいうストーカーに顔と両手を切り裂かれた。女優修業の身であるのに、顔に8カ所もの傷を負ったわたしは、絶望し、今日ビルから飛び降りようか、明日手首を切ろうかと思い詰めていたのだった。

 傷痕(きずあと)は生々しく、友人に会うのもためらわれ、ひとり暮らしの借り部屋で本を読んでいようにも、その本を求めるお金もない。——顔の傷のため、ウエートレスの仕事も失ってしまっていたからである。

 どこにも図書館があるという頃でなかったが、日本最大の国立国会図書館だけは、誰でも自由に入ることが出来た。それでわたしは、そのむかしの赤坂離宮、今の迎賓館に通って本を読んだが、そのとき心をとらえられたのが、『魅せられたる魂』であったのだ。

 この長編小説のヒロインは、アンネット・リヴィエールというひとりの知的女性。その人生遍歴——というよりも人生選択を描ききったものである。

 時代は第1次大戦の戦後期。彼女は、ロジェという青年を愛したが、〈制度としての結婚〉によって〈魂の自由〉の束縛されること を恐れ、婚約を破棄、生まれた男の子マルクを〈非婚の母〉として育てていく。わたしは、その強い〈意志〉と〈思想〉に強く心を搏(う)たれ、〈生きる力〉 を取り戻したのだ。

 傷痕は目立ったのに、わたしは蜷川譲氏や兵藤正之助氏たちの開いていたロマン・ロラン研究会にだけは出るようになった。

 そして、ある月の、その例会の後の2次会、新宿駅近くの庶民酒場で出会った青年が、やがてつれあいとなった上笙一郎(児童文化研究者)だったのであった。(ノンフィクション作家)

    ◇

 1954年〜56年、岩波文庫で全10巻が刊行。その後改版で全5巻に。宮本正清訳。現在は品切れ中。

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魅せられたる魂〈1〉 (岩波文庫)

著者:ロマン ロラン

出版社:岩波書店   価格:¥ 798

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魅せられたる魂〈2〉 (岩波文庫)

著者:ロマン ロラン

出版社:岩波書店   価格:¥ 735

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魅せられたる魂〈3〉 (岩波文庫)

著者:ロマン ロラン

出版社:岩波書店   価格:¥ 798

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魅せられたる魂〈4〉 (岩波文庫)

著者:ロマン ロラン

出版社:岩波書店   価格:¥ 798

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魅せられたる魂〈5〉 (岩波文庫)

著者:ロマン ロラン

出版社:岩波書店   価格:¥ 798

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